「本当に何も知らないんだな……これから教えることが多そうだぜ」

「もしかして、君はこれからここで寝泊まりすることも知らない?」


健冶さんの言葉に開いた口を閉じられなかった。

そんな私の表情に健冶さんは同情を見せ、直弥さんは可笑しそうに笑った。


「ここには深い念を残した幻獣がいるから、君はここにいれば安全だ。だが、俺たちはその幻獣たちを操ることはできない。できるのは悠斗兄さんだけだ」

「深い念…ですか」

「柊家の人と死に別れた幻獣が今もここで主人の帰りを待っている。主人が死んだことを受け止められずに、な」

「オレたちが声をかけたって聞きやしねー。唯一耳を傾けるのが悠斗の声だけだ」

「ということは、悠斗さんが主人は死んだ、って説明すれば納得するんじゃあ……」

「バカかオマエ!悠斗だって、死んだっていう現実をまだ受け入れられずにいんだよ!そんな感じの言葉を悠斗が今まで一度もアイツらに言ってないってことは、悠斗だってまだツラいってことじゃねーか…」

「っ、ごめんなさい…私も人を亡くす感覚がまだわかってなくて……お祖父ちゃんが死んだって聞いても泣けなかったんです。きっと、幻獣たちも現実を受けとめられなくて、私みたいにまだあの人はいる、と思い込んでいるんでしょうね」

「…………ツラいなら泣けばいいじゃねーかよ、な?そんなすました面して泣いたってオマエが満足しねーよ」


いつの間にか服のお腹のあたりが濡れていた。

視界はぼやけ、頬も濡れ、鼻水が止まらない。


「…………行くぞ」

「ああ」


二人は気を利かせたのか、私を一人置いて部屋から出て行った。

紅茶からはもう湯気は出ていない。その冷めきった水面にだけ、俯いた私の歪んだ泣き顔が反射して見えた。

ふふ、なんで泣いてるんだろう。


『ののや、おかえり』


お祖父ちゃんの優しい声が耳によみがえり、顔がすでにぼやけているのに気づいてむしょうに悲しくなった。

お祖父ちゃんの顔、どんなだっけ。すぐには思い出せなくなってる。

そのことに腹立だしさと悔しさが込み上がってきた。

お祖父ちゃんって何歳だっけ。どこで産まれてどう育って、どんな人生を歩んだの?お祖母ちゃんとの馴れ初めは?お母さんはお祖父ちゃんが何歳のときに産まれたの?


「なんで、私はこんなにっ…………!!」


お祖父ちゃんのこと、何一つ知らないじゃないかっ………!!