箱崎さんが秋月さんに言った。

「そうね。あなたも前から結婚したいと言っていたものね。並河君の仕事が忙しいからなかなかそういう話もできないかもしれないけど、うまくいくといいわね」
「はい。私は大丈夫です。彼の仕事を応援したいですし、気長に待つつもりですから」

 その言葉にウソはひとつもないように見える。並河君を想って笑顔になる秋月さんが、痛いくらいに眩しかった。

 そして、箱崎さんが秋月さんの恋を応援しているという事実が、私の胸に重たくのしかかった。

 箱崎さんと秋月さんは、世代を問わない友人同士なのだろう。この書道教室は、生徒さんの課題が終わると適度に雑談もする、わりとゆるい雰囲気で開かれている。

 昔通っていた書道教室は、課題が終わっても無言でひたすら練習する方針だったので、雑談なんてした覚えがない。そういう教室の方が口下手な私には向いているのかもしれない……。

 仲良く会話する二人に疎外感を覚えつつ、課題として出された文字の練習に集中した。

 秋月さんが出すいくつかの課題から、生徒は毎回好きな文字を選んで練習することができる。その中から、私は《雨》を選んだ。今日は何となくそういう気分だった。


 教室から帰って夕食の準備を終えると、並河君からメールが来ていてドキッとした。何が書かれてるんだろう。

《書道、始めることにしたんだって?少しでも楽しめるといいな。無理せず頑張れ。……今日、久しぶりに顔見れて嬉しかった。》

 そうなんだ。私はあまり喜べなかったんだけどな……。

 何て返せばいいのか分からなかった。

 今頃飛行機の中にいるだろう並河君。こうして私にメールを送るまでの間、秋月さんと密なメールなり電話なりをしていたんだろうということが簡単に想像でき、ガッカリした。

 彼女がいること、教えてほしかった。しかも、私の自宅と同じ市内で書道教室を開いている女の人だなんて、なんの皮肉だ。

「って、ガッカリする資格、私にはないかー」