「天使さん、これ、マフィン。並河君に渡してね」
調理実習が終わると、さっそく田中さんがやってきた。あらかじめ用意していたのか、ラップに包んで終わりだったはずのマフィンは売り物のように可愛くラッピングされている。
「できたら味の感想も訊いておいてほしいな。並河君の好きな物も、お願い!」
「うん、訊けたら訊いておくね」
「ありがとう! 天使さんホントいい人〜! 頼んでよかったぁ!」
はしゃぎ、田中さんは自分の席に戻っていった。喜んでいる田中さんは可愛いし、そういう姿を見るのっていいなと、思う。
田中さんは友達でも何でもない。今日までしゃべったこともなかった。並河君と友達だから利用されているだけって分かってる。それでも、女子の明るい言動を間近で見ると嬉しくなってしまう。人の恋の応援をするって、青春って感じがするし。
女子から何かを頼まれるなんて、中学の頃では考えられなかった。
調理実習の後は、昼休み。
昼食。今朝地元のコンビニで買ったおにぎりをひとつ食べ終わると、重たい気分が戻ってきた。羽留のことが頭をよぎる。
まだ、ちゃんと話せてない……。
羽留は、親のことで私を心配してくれた。音楽科の課題やレッスンで忙しいはずなのに、『革命のエチュード』を練習し演奏してくれた。
あの場に並河君を呼んだのも、羽留なりの私への気遣いだったんだと思う。悪気があってのことじゃない。分かってた。
それなのに、勝手に嫉妬して、羽留に当たってしまった……。


