「詩織……?」
「……あ、はは……」
得意なはずの作り笑いも、今はきっと引きつっている。体も震えて止まらない。
おさまれ、おさまれ!
小さく震える体を両腕で抱きしめ、並河君に背中を向けた。今は顔を見られたくない。
調理室に戻ろう……。そう思うのに、足が思うように動かない。
父の暴言、暴力は昔からのことで、もう、慣れ切っているつもりだった。他の同級生みたいに少しのことで驚かないのも、激しい出来事に耐性がついているせい。
だからこそ、今この時、自分の身に起きていることが信じられなかった。大きな物音を怖がるのは昔からだった。だけどまさか、ペン立てが落ちたくらいでここまで体が震えるなんて……。
「詩織……」
並河君は私の前に回り込み、突き刺すように真剣な顔で私を見つめた。
「親、怖い?」
「……普通だよ。何でそんなこと訊(き)くの?」
「小山(こやま)さんが言ってた電話の件と、その震え。いつもは無表情なのにウソつく時は笑顔。それがずっと気になってた」
「あの時も言ったけど、親のあれはただの夫婦ゲンカ。タイミング悪かっただけ。愛想笑いはただのクセ。深い意味ないよ」
「……」
本当のことを言えない自分が後ろめたかった。
家の電話番号を交換し、こうして手当までしてくれたっていうのに、それでも私達の間に壁があると感じてしまうのは私のせいなんだと思う。
心の開き方が分からない。羽留や美季(みき)とは違う、並河君との距離感。
人と人の距離って、どうやったら縮むんだろう?


