─たすけて─



誰かに呼ばれて気がして、振り返る。



「どうしました?」



私の牛車に付き添っている太陰と天后が首を傾げる。



いや、この二人の声ではない。もっとか細い声だった。



「私は変事を呼び寄せてしまう体質なのかしら」



眉を寄せる私に、二人は着いてこれずに居る。



「いいのよ、気にしないで」



内裏を出たのが酉の刻になろうかという時刻。まだまだ日は長いとは言え、出かけるには少し遅くなってしまった。



気の早い妖などはそろそろ活動しはじめる時刻。都の雑鬼などは害を成すことはしないだろうが、先程の声が気になる。



大内裏から二条のお邸まではそう遠くないから、大丈夫だろうが。



「──なっ」



「せいなっ」



今度こそ三人で顔を見合わせる。



女御である私の名を知るものなど、両手の指で収まる程しかいない。



……人なら。



太陰が御簾をそっと開け、牛車に沿うように飛び跳ねる雑鬼を一匹引き入れる。



「遊んでいる状況ではないのだが」



太陰がため息をつき、非難の視線を向ける。



「聖凪、久しぶりだなっ」



式神二人に頭を掻きながら、それでも雑鬼は笑顔を向ける。



「お久しぶりね、それでどうしたの?」



首を傾げると、雑鬼がそれまでとは打って変わり真剣な顔を作る。



「都の外からだ、人間の母子が鬼に終われ逃げてる」



それまで、やれやれといった体の太陰と天后も表情を変える。



「母親の方は、都まで後少しのところで、女を庇い喰われちゃったんだ」



おいらが直接見たわけじゃないから、詳しくは分からないんだけど…と口を止める雑鬼に先を促す。



「その女の方は?」



「烏の話によると、女は都に入り必死に逃げているらしい………それがもうすぐ、この列にぶつかるって!!」



雑鬼が思い出した様に身を乗り出す。



「天后っ」



「任せて!!」



名を呼ばれた天后は、直ぐに姿を消す。