平安異聞録-お姫様も楽じゃない-




一方藤壺の女御は見開かれた瞳から次々と零れ落ちる涙を拭うこともせず、ただ静かに泣いていた。



静かに泣いていた等、聞こえはしっとりと綺麗かもしれないがそうではない。



顔から表情が抜け落ちていた。そして、微かに絶望の色が窺えるだけ。



藤壺の女御の絶望は何に対してのものかは判らない。



ただ、今の会話から察するに、藤壺の女御の母と右大臣は随分昔に別れてしまったのだろう。



そして女御は、一時でも愛した者への薄情な右大臣に対して強い絶望を抱いたのではないか。



何にしろ私の憶測にすぎないが。



藤壺の女御からの反発は覗く毎、闇の奥へと進む毎に強くなってくる。



息が乱れ、額に汗が滲む。



早くしなければ、お腹の子に負担がかかってしまう。



早く見つけなければっ



気が急いては見落とす事も、弾き出される事もあるだろう。



これまで以上に意識を高める。



『父上様っ!!何故です?』



今までの哀し気な表情とも苦し気な表情とも違う、初めて見る藤壺の女御の怒りに満ちた顔。



『まだ母上様が亡くなって二月も経っていないのに、どうして入内を早めるのですかっ?』



私はまだ母上様の喪に服していたいのです、と剣呑な目元から涙が零れる。



『あの人の事はもう忘れなさい。まだ喪が開けていなくとも、如月にはあける心配はいらん』



『私は父上様とは違いますっ!!父上様と母上様の間に何があろうとも、私と母上様が母と子であることは代わり無いのです!!』



父親に食って掛かる藤壺の女御に、それまで平静だった右大臣が眉を寄せる。



『いい加減にせぬかっ!!入内はもう決まった事だ、お前は父の言うことに黙って従っておればよいのだ!!』



そう言うと右大臣は席を立ち出ていった。