「っ」
心臓が大きく跳ねる。
まるで自分の心の闇の部分に土足で踏み入る異物を排除しようとか、大きな反動が押し寄せる。
───でもまだ駄目。
此れだけでは藤壺の女御が悪鬼をその身に宿す大きな理由にはならない。
少し弾かれた意識を、藤壺の女御の心の闇に押し戻す。
普通の女には堪えられない、もっと大きな何かがあるはず。心が壊れるほどの何かが。
『…此方にいらっしゃるのは随分お久しぶりですね』
皮肉が混ざった声音からは想像出来ないほど少女は悲しい顔をして、几帳の向こうへと問い掛ける。
『そんな事は無いよ』
困った声を上げるのは、先程聞いた少年の…藤壺の女御の兄の声だろう。
『…以前は毎日いらして下さったのに……さぞ、女六の宮様との仲はよろしいのでしょうね』
そこまで言うと藤壺の女御は俯いてしまう。
少年も藤壺の女御の言葉に、何とも答えられず重く長い沈黙が流れる。
どれくらいそうしていただろうか、少年が気まずそうに声を上げるのと女房が駆け込んで来るのはほとんど同時だった。
『…もう師走です。年が明けたらいよいよ入内とな』
『兼房様っ姫様っ』
青ざめた顔の女房は二人の下へと近づくと、息を整える。
『七条の母から急ぎ文が参りまして………御母上様がご逝去されたと…』
そこまで言って堪えきれなくなったのか、女房は顔を覆ってしまう。
『…母上が…?』
呆然と聞き返す少年に、女房は何度も頷く。
『父上はそれを知って…』
『それは判りません、もう随分とご連絡は取っておられません…殿には北の方様がいらっしゃいますし…』
『そうか』とだけ言い、少年は声を詰まらせる。


