うわ、それここで聞くなよこのやろう。詠子はまたぞろ幼馴染を呪った。これで今夜も古典の宿題は進まないだろう。
「修理に出してるからだよ。乗せてよ」
「はぁ? 俺のまでパンクすんじゃん――痛ッ、痛った! 折れた! 痛ッ!」
拳で背中を軽く叩いただけなのに、大袈裟な反応だ。だいたいなんでパンクだと決めつけられるんだ。
「俺は野球部なので、ルールを守らないといけないんですぅ。――お、青になった。じゃあま、気ぃつけて帰ってこいよー」
「薄情者ー」
一人残らず自転車を所有する野球部が、律儀に列を組んで走っていくのを見送りながら、詠子もとぼとぼと歩道を進む。
次、八津くんに会えるのは離任式だろうか。
そのときに声をかけるチャンスがあればいいな、と願いながら、通り沿いの店の中ではひときわ明るい地元の酒屋の前を通りかかったとき、
「国本」
後ろから思いもよらない人物の声が追いかけてきた。
その瞬間、詠子の心臓が凍りつく。
「……八津くん」
自転車のライトに照らされたその人の名前を呼んだ。が、あまりに小さく、相手の耳に届いたかどうかは定かではない。

