おいしい時間 しあわせのカタチ


 お腹が鳴る。自転車をこいでいてもそれは一緒らしい。

 枡屋に通うようになってからというもの、仕事中に腹の虫が騒ぎ出さないよう、普段は節制しているお菓子もけっこうがっつり詰め込んでくるのだけれど、それでも駄目だ。

 多分、どこを向いても美味しい匂いがして、そしてけっこうな頻度で半端に味見をさせてくれるのが余計に胃を刺激させるのだと思う。

 でも断れる立場ではないし、そもそも断る気など微塵もないのだからしょうがない。

 一刻もはやく家に辿り着かなければ。


「今日のご飯はなーにかなぁ」


 誰もいない路地を、節のついた独り言と共にペダルをこいでいた詠子の視界に、突然、ふたり分の人影が映りこんだ。

 慌てて口をつぐみ、真顔で通り過ぎようと口元を引き締める――引き締めたとき、詠子は見てしまった。


(八津くん――)


 と、肩を並べて歩く隣のクラスの……、


「あ、国本さん」


 邪気のない女の声が不用意に詠子の名前を呼んだ。

 詠子はぎくりと硬直すると、ブレーキをかけるよりも一瞬早く足を地面に着いてしまって、思い切りバランスを崩す。

 踏ん張りが利かず自転車がコンクリートにぶつかって、ものすごい音と、それを聞いて駆け寄ってくる足音が続けば、詠子は途端に身の置き所がない気分で、頭の中が真っ白になった。