「そなた、おせんと言ったな」

「はい」

「その短刀を見せてくれぬか」


おせんは自分の懐剣を両手で掲げながら、利巌に渡す。

利巌が手にとった短刀は、黒塗りの鞘に金色で家紋が印されてある。

その家紋は、二枚笠であった。


「……」


しばらくの間、利巌はなにも言わずにただじっと、おせんの懐剣を眺めていた。

やがて利巌は、唐突に口をひらいた。


「誰か、巌包(としかね)を呼んで来てくれぬか」


柳生連也斎巌包――

利巌の三男で、のちに柳生新陰流を継ぐ天才剣士である。


「巌包は、わしが懇意にしている田村殿の屋敷に行っているはずだ」


その距離は、いまで言えば歩いて十五分というところだ。

虎之助が、隣に座る藤吉に顔を向ける。


「藤吉、たのむ」

「へい」


藤吉が、二つ返事で引き受ける。