屋敷に来たのは、十兵衛だけである。

虎之助は訊いてみる。


「供もつけずに、お一人で参られたのでございますか?」

「ああ、まあな」


柳生への里帰りは、公用ではなく私用である。

それもあるのだが


「わしは、父上から仕込まれた剣を極めねばならぬ」


柳生新陰流に関わることに、部外者が触れたり、足を突っ込んだりすることは許されない。


「その極めし剣を、書き記さねばならぬのだ」


ひたすら人を斬り殺すイメージが強い十兵衛だが、彼が生前書き残した書物は意外に多い。

今回、十兵衛が柳生へ里帰りするのは、そういう理由であった。


虎之助が、妙なことに気づく。


「十兵衛様、馬で来られたのでは…」

「その馬が途中で倒れて、ダメになってのう」


そのときは、尾張までそれほど遠くない所まで来ていたようだ。

馬を捨ててそのまま歩き、二日でここへ来れたという。