庭にたたずむ虎之助の背後から、声が響く。


「虎之助」


利巌だ。相変わらず、気配を感じさせない人である。


「おぬし、何かやったか?」


もちろん、橋ノ下の一件を訊いている。

虎之助は、涼しい顔で答える。


「いえ、なにも」

「そうか」


利巌は察しているだろうが、それ以上なにも言わず、くるりと背を向けて立ち去ってゆく。

(優しいお方だ)

虎之助は、そう思った。


達人の背中は、誰も敵わぬ強さを秘め、自然に溶け込むような静けさをたたえ、優しさに満ちていた。




〈達人の章〉完