話を聞いていた利巌は、呆れたように再びため息をついた。

(十兵衛…あやつめ)

十兵衛は、虎之助たちが尾張へ出かける際に、おせんに懐剣として短刀を持たせた。

二枚笠の家紋が、しっかりと印されている。


「利巌殿にそれを見せれば、あのお方はすべてを察して、了とされる。心配するな」


本当に、そうなのか?

江戸柳生と尾張柳生は不仲であるという噂を、虎之助たちは耳にしている。

みんなの顔に、不安な心情が浮かびあがる。


「あの、利巌様への書状は…」

それは、いうなれば虎之助たちを預かってくれという、十兵衛からの紹介状である。

「書こうと思ったんだが、こっちも忙しくてな」


だから、その短刀を書状代わりに渡すのだと、十兵衛は説明する。

虎之助は、ますます不安になる。

しかし、主人の命令とあらば、行かないわけにはいかない。

みんなは不安を抱えたまま江戸を発ち、軽いとは言えない足どりで尾張に向かうのだった。