西田洋子は、七年前に不慮の死を遂げていた。
 付き合い出して、丁度一年経とうとしている頃の事だ。
 彼は彼女の死を受け入れる事が出来なかった。
 札幌への転勤を志願したのは、ここでの思い出を断ち切りたい一心だった。
 それからすぐに直美と出会い、少しずつその悲しみも癒え、新しい人生を始める事が出来た。

 家族と共に病院に向かった彼は、栄養失調の為しばらく入院する事になった。
 洋子と一緒に暮らしていたはずのアパートは無人で、中には何も無かったという。
 洋子と海へ行ったり、食事をしたりした事は全て幻だったのだ。
 あと少し発見が遅かったら、彼は衰弱して死んでいたかもしれない。

「パパ、おはよう」 
「かおり・・・」
「あなた、具合はどう?」
「うん、もう大丈夫だよ」
「今、先生とお話しして来たわ。後三日くらいしたら、退院出来るそうよ」
「良かった・・・」
「パパ、退院したら一緒におうちに帰れるんでしょ?」
「ああ、そうだよ」
「良かった。かおり、おじいちゃんとおばあちゃんのいる福岡も好きだけど、やっぱり自分のおうちが一番好き」
「パパもだよ」
「ねえあなた」
「うん?」
「退院したら、洋子さんのお墓参りに行きましょう」
「えっ?」
「一緒にお参りしたいの」

 三日後、彼は家族と共に洋子の墓参りに行った。
 朝方降った雨で、お墓に続く石畳の道が濡れて光っていた。
 葬儀には参列したが、彼女の墓前で手を合わせた事は無かった。
 彼女が亡くなって札幌に転勤したという事もあったが、何より、冷たい墓の下に眠る彼女を受け入れたくなかった。
 彼女はまだ、福岡の地で元気に暮らしている。
 そう思いたかった。
 今こうして手を合わせた事で、本当に彼女の死を受け入れた気がした。
 悲しくないと言ったら嘘になる。
 でも、今の彼には、支えてくれる家族がいる。
 その家族を守る事が、彼の生きがいだった。

「それじゃ、そろそろ帰ろうか」

 聡史と直美は、かおりを真ん中にして、手をつないで歩き出した。
 そしてお墓が見えなくなる所で立ち止まった。
 かおりが後ろを振り返っていたからだ。

「かおり、どうかしたのか?」
「パパ、さっきお参りしたお墓の横に、女の人が立ってるよ」
「えっ?」
「かおり、誰も居ないじゃない」
「ママには見えないの? ほら、赤い洋服を着た、髪の長い綺麗な人がいるじゃない」
「洋子・・・」
「えっ?」
「かおりに見えているのは、きっと洋子だ」

 聡史にも、その姿を見る事は出来なかった。
 しかし、わかっていた。
 それは、アパートで幻を見ていた時に彼女が来ていた服の色だった。

「かおり、その女の人は、どんな顔をしている?」
「にっこり笑って、こっちに手を振ってるよ」
「そうか」
「あっ・・・」
「どうした?」
「女の人が、消えちゃった。キラキラって、輝いて、お空にのぼって行っちゃったよ」
 
 三人は空を見上げた。
 そこには、綺麗に輝く、七色の虹が出ていた。

                                     おわり