お花茶屋図書館の脇を通り抜け、

少し大きな通りを渡ると、

カラダはもう堀切に着いている。




コンビニに来ただけで、足下びっしょり。


大丈夫かな……

と電柱の標識を見た。


『河川決壊時には、ここまで水が来ます』


その三メートルほど上に、赤い線が貼られてる。

恐ろしいよ、ゼロメートル地帯。



あ~あ、よりによって冷蔵庫に何もない日に、10年に一度の台風がくるなんて。




オニギリを手に取り、パンも何個か買っておこうかなと考えていると、背の高いオトコの人の頭が、棚越しにチラリと見えた。


全身がぎゅっと縮まった。


な、なんか…知ってる。



いや、まさか。

こんなところに……

こんなローカルなところに……



目が合った。

合ってしまった!!



オトコの目が、いぶかしげに光る。



「え、清水さん…?」



言葉も出ないまま、頭を下げた。


信じられないしんじられないシンジラレナイ。
なんんんんんんんんでっ、こんんんんんな所にいるの!?



会社の先輩、隣の営業課にいる笹原さんだ。



ワタシきらいなんだよ、このひとぉぉぉぉ!!

しかもノーメイクなんですけどぉぉぉ…!!


ぎゃああああああっキタキタキタッ!


青ざめているはずの私の表情に気がつかないのか、笹原さんは棚を回り込み、悠々とこちらへ歩いてきた。



「何してんの?」



買いものですよッ

それ以外ないですよッ




だけど、怖くて声が出ない。

だって……デカイよーっ!


身長185センチ、広い肩幅に、野球で鍛え上げた腕とヒップが、背広の中で盛り上がっている。


き、気絶しそう……

こんな近くで見たのは久しぶりだ。


「家、近く?」



コクコクうなずいた。



「俺、亀有の取引先のところ来てたんだけど、電車止まって帰りそこねてさ」



必死で気の毒そうな顔を作る。



「これから、腹ごしらえして新小岩まで歩こうと思って…」

「え……」


恐怖が困惑に変わった。


こ、こっから新小岩!?
それは同じ葛飾ではあるけど…
いくら体力に自信があっても無茶なのでは?


亀有から、ここまでも歩いてきたんだ……
全身ずぶ濡れで、スーツの色が変わっちゃってる


「京成まで止まるとは予想外だったな」



私はギリギリセーフだった。
課長、早めに帰してくれてありがとう。


それはいいけど…
新小岩って、JRも事故で止まっちゃってるの知らないのかな…


ど、どうしよう。
どうしようどうしよう。



「そんな、泣きそうな顔してくれなくても……」




この人、キライなの。


怒ったときの声が大きくて、

体も大きくて……コワイ。



だけど、どこもかしこも交通機関がストップしてる。
葛飾は川に囲まれてて、どこへ行くにも大きな橋を渡らないといけない。
歩くにしても、風だって強くなっているし、雨だってまだまだ止まない。


自分の取るべき行動が、すぐに閃いた。

閃くんじゃないよ!
私のバカバカバカッ!


泣きそうになるのをこらえた。


それ、やる……?
やるしかない……?


風が唸り声を上げて、コンビニのドアを激しく揺さぶった。

エステティックサロンの立看板が、地面をズリズリと這っている。



やるしかない……


ここは葛飾。
オンナはドキョウだ。



「総武線は、全線不通です……」

「うっっわ。マジか」

「葛飾は今、陸の孤島です……」

「ええええええ」



自分の下町遺伝子がうらめしい……



「せまいですが、ウチで雨宿りするほかアリマセン……」