中学・高校の4年間は大学の4年間よりもずっと濃厚で楽しかった。
最近はミンジーたちとも連絡を取っていないし、大学で知り合った友達ともたまに話す程度だった。

「最近出会いないな。美しいものにも触れてないし…。」

それを聞いたマネージャーがすかさず言った。

「何を言っているんですか!いまは、ロンドンでの公演に集中しないと!」

「違います!そういう意味じゃないの。人との出逢いと美しいものは、音楽をつくるのよ。」

「え?」

「心が豊かな人の音楽は素晴らしいの。」

「そうなんですか?」

この人は何もわかっていない。

「芸術に触れると、音が輝きだしますよね!」

一緒に練習していた伴奏者の真紀ちゃんが頷きながら言った。

「そうですよね!」

「そうだ!ロンドンに行くついでに、美術館へ行きましょう!」

「いいですね!」

「ちょっと待って下さい、そんな暇はありませんよ!スケジュールはキツキツなんですから!」

「少しくらい融通して下さいよー。」

「そうですよー。」

「もう、若い演奏者はこれだから!」

マネージャーはブツブツ言いながら、手帳を確認していた。

「もう少し練習しましょうか?」

「そうですね!」


私はデビューしてそれなりに成功していた。
初めてのソロでの世界公演はロンドンのコンサートホールで、1カ月後に迫っていた。

「ロンドン、楽しみですね!」

真紀ちゃんはいつでも可愛らしい。

「本当ですね!」

「私も、奏美さんも、運が良かったですよね。この世界は、才能だけじゃやっていけないじゃないですか。」

「そうそう、人との出会いと運がなかったら、見出されず埋もれてしまうかもしれないものね。」

「そう考えると、人生って不思議ですよね。ここまで勉強してきて、何にもならなかったら、どうすればよかったんでしょうね。」

「何にもならないってことはないと思いますよ。演奏家になれなくても、音楽を感じる心が残っていれば、きっと役に立つはず…。」

ニコラスは見出されなかったのだろうか。私が愛したあの音は、なんだったのだろうか。時折、そう、人生の節目に彼のことを考える。今頃、何をしているのか、とか、今は授業中かな、とか…。