今まで感じたことのないほど、この1カ月はあっと言う間だった。
私は散策し、音楽を聴き、ソーセージをたらふく食べて、少しばかりのドイツ語をニコラスから習い、たくさん寝た。

「あと、2日しか一緒にいられないね。」

「早かったね。」

名残惜しそうに彼は呟いて、私の手をとった。

「寂しくなるよ。」

手と手を絡める。薬指の指輪同士が触れ合い、冷たい音がした。

「おいでー。」

潤む瞳は縁がほのかに赤くなり、こちらを真剣に見つめている。
私たちはそっと唇を合わせ、ゆっくりと深い歓喜に溺れていく。

「ニコラスー。」

言葉にならない叫びが胸の奥から溢れてくる。

「ねえ、ニコラス、ずっと傍にいて…。」

「いるよ、君が望む限り、ずっと。」

「うん…。」

この夜、私たちが眠ることはなかった。



朝、ニコラスがヴァイオリンを弾いている。なんの曲だろう?少し寂しくて、でも、幸せに満ちた、優しい愛の歌。
隣の部屋で奏でられる音色を私はずっと聴いていた。そして、いつしかまどろみの世界へ戻っていった。



土曜日、空港は混み合っていた。

「次はいつ逢えるかな?」

「夏に、日本に寄るよ。」

「うん。」

「受験勉強、頑張るんだよ。」

「うん。」

「奏美、連絡してね?」

「もちろん、ニコラスも勉強頑張ってね。」

「そうだね。」

私はいつも離れる時に泣いてしまう。

「すぐに電話するから…寂しくないようにー。」

「うん。」

「じゃあ、またね。」

「またねー。」

私が去るのは初めてだった。