1月の終わり、南半球に戻ってきた私は、以前二人で行った庭園に来ていた。

「蓮、咲いてるかな?」

実は、少し寝坊をして、もう早朝とは言い難い時間になっていた。

「あ、あった!」

長方形の池を覆うように、蓮が咲いてる。

「綺麗…。」

空にはぼんやりとした月の影が残っていて、風はなま暖かかった。

私は暫く蓮を眺めていた。


2月、新学期が始まる。毎年、新学期は少しの期待とたくさんの憂鬱を背負って登校する。

「おはよう、夏休みはどうだった?」

こんな会話がそこら中で聞こえる。

「ジョッシュ、オケの練習はいつから開始か知ってる?」

「先生に聞いたら、今日からだって!」

「嘘でしょ!私、夏休みは3回くらいしか練習しなかったのに!」

ミンジーが腹立たしそうに言う。

「大丈夫、私なんて、一度もオーボエに触らなかったから…。」

「みんな、ダメじゃん!」

「そういうジョッシュは?」

「俺は、ナショナルユースオーケストラに参加してたから、バリバリ練習してたよ!」

「本当?そんなこと、一言も言ってなかったじゃない!」

「いつオーディションを受けたの?」

「去年の春に受けたんだ。まあ、俺が本気を出せばこんなもんよ。」

「うげー。」

「ミンジーはいつも失礼だな!」

「まあまあ…。」

ナショナルユースオーケストラのホリデーコースがあることは、レッスンの時に聞いていた。

先生は絶対に参加したほうが良いと言っていたけれど、日本に帰るので、と言って断った。

そして、これとは別の選抜オーケストラ【セカンダリースクールシンフォニーオーケストラ】が今学期と次学期の間の2週間の休みにもある。
先生はそれには必ず参加するように、と言っていた。正直、私は乗り気じゃない。

今年度初めてのレッスンは、先生のこの一言で始まった。

「カナーミ、SSSO(セカンダリースクールシンフォニーオーケストラ)には行くよね?」

「先生、私、今年は音楽の授業は取っていませんし、音大にも進学しないので、行きません。」

「なんだって?学部長は何をやっているんだ!」

そう言うと、隣の部屋にオフィスを持つ指揮の先生のところへ駆け込んで行った。

「カナーミが音楽を専攻しなかったんだって?」

「そんなの初耳だよ!」

指揮の先生は私の音楽の先生で、最高学年も教えるはずなのに、知らなかったのか…。

「学部長は何をやっているんだ!」

少し前に聞いた台詞が繰り返される。

「奏美、音楽を勉強しないで、いったい何を勉強するんだい?」

先生たちが練習室へ戻ってきた。

「経済と歴史と数学、それから英語をたくさん。アメリカの大学へ進学したいので。」

「経済なんて、くそくらえ!」

「トニー、言葉に気をつけて。生徒の前だろう?」

「ああ、イアン、失礼。とにかく、奏美、信じられないよ。」

「時間割的にも無理だと、学部長が言っていたので。」

「どれ、見せてごらん。」

私は時間割を彼らに見せた。これなら諦めるだろう。

「まったく、学部長は本当に何をやってるんだ!この空白の時間には、なんの授業があると思う?音楽さ!」

「え!でも、学部長が…。」

学部長は確実に、今朝、私の時間割では音楽を取ることは無理だと言っていた。

「それは、12年生の授業じゃないか?君は13年生だろう!」

呆気にとられた。本当に、学部長は使えない…。

「音楽の世界へようこそ!」

私の言い訳など通用するはずもなく、今年も音楽の授業を選択することになった。