翌朝、学校に行きたくなかった。行ってもニコラスはいない。のろのろと支度をして、朝食も食べずに家を出た。

1時間目の経済の授業が終わり、次の数学の授業の教室にギリギリで入ってきた私に、ミンジーが声をかける。

「奏美、おはよう!」

「おはよう。」

「大丈夫?目が腫れてるみたいだよ。」

「うん、大丈夫。」

「…お兄ちゃん、今日帰っちゃうよ?」

「うん。昨日お別れの挨拶したよ。」

「行かなくていいの?」

「どこに?」

「空港だよ!」

「授業があるから…。」

「もー!真面目すぎなんだってー!フライトは11時だから、今から行けば間に合うでしょう?先生には、私が具合が悪いって言っておいてあげるから、行ってきなよ!」

「でもー。」

「スミス先生なら、絶対にわからないから大丈夫だよ!」

「次の英語はどうするの?」

「マーティン先生はいい人だから、大丈夫!」

「ー昼休みが終わるまでには戻ってくるから。」

「そうよ!」

「空港まで、20分くらいだよね?まだ間に合うよね?」

「余裕!」

「じゃあー。」

「うん!」

ミンジーに感謝しながら、教室のドアへと進む。

「いってくるね!」

小声で言いながら手を振ると、彼女は変なジェスチャーでいってらっしゃい、と返した。



空港へ行くには、まず中央バス乗り場まで行かなくてはいけない。乗り場に着いたら、空港行きの便は頻繁にあるので、一番早いやつに乗ろう。

昼間の街では制服姿が目につく。赤いスカートなので、余計に目立つ。ジャージに着替えてくればよかった…なんて考えていたら、空港行きのバスが来た。

エアポートエクスプレス。赤い車体に黄色の文字で書かれていて、飛行機の絵も添えられている。

空港までの道はのどかな田園風景が続いている。青い空、白い雲、この国は平和だ。

ニコラスにメールをしておいたほうが良いだろうか。今から行きます、なんて言ったら、どんな返事をしてくるだろう。
私は連絡しないことにした。

空港に着くと、10時15分だった。もう、彼はゲートを通ってしまっただろうか。バスを降りて、急いで国際線エリアに向かう。いない、いない、もう、行ってしまったのか。

「奏美?」

少し遠くにニコラスが立っていた。

「どうしたの?学校は?」

「逢いたくて…。」

涙が込み上げてくる。

「おいで。」

「ー。」

「来てくれてありがとう。もう一度逢いたいと思っていたよ。」

「伯母さんたちは?」

「ああ、ついさっき帰ったよ。」

「よかった…。」

「丁度良いタイミングだったね。」

「まだ時間大丈夫?」

「もう行かないと…。」

せっかく逢えたのに、言う言葉が見つからない。

「こんなことなら、街の大学に在籍し続ければよかったな。」

「でも、ヨーロッパのほうが、音楽の本場だから。」

「そうだね、頑張るよ。君も頑張るんだよ?」

「はい。」

「じゃあ…。そろそろ行かなくちゃ。」

「そうね…。着いたら連絡してね。」

「そうするよ。」

「また、来年。」

「うん、またね。」

ニコラスは俯きかげんでゲートの奥へ消えていった。