「ふゆみさん、心配はいりませんよ?」

 さすがに神徳は、ふゆみの緊張のわけにすぐ気づいたようだ。

「この縁談が白紙になっても、プロジェクトはこのまま進めるつもりです。成功すれば、四葉にも相当な利益が出ますからね。

 桜井グループさんとは、今後も良い関係を続けたいと思ってます」

 ああ、良かったなあ、と思っていたら、神徳はすくっと立ち上がった。そして、

「急用が出来ましたので、私はこれで失礼させていただきます」

 と言い、俺たちもみな立ち上がった。

「どちらへお出掛けなのかしら?」

 おっとりとした調子で、お母さんが問うと、

「はい。ちょっと、スーパーまで」

 と神徳は答えたのだが、スーパーって?
 神徳がスーパーで買い物する姿は、ちょっとばかり想像しずらい。

「視察ですか?」

 と言ったのはお父さんだ。なるほど、そういう仕事もあるんだな、と感心したのだが……

「いいえ。ある女性を拉致してきます」

 へ? 拉致?

「あらま。どんな女性なの?」

「レジ打ちの店員です」

 神徳はそう言い、悪戯っ子みたいに、ニッと笑った。

 神徳が、制服を着た女性を軽々と抱き上げ、颯爽とスーパーを駆け抜ける姿が、なぜか容易に想像できた。

「素敵……ドラマみたい」

 といったのはお母さんだが、それだ。そんなドラマがあったのを、俺も知ってるかも。

「しっかりね?」

「はい、がんばります!」

「直也さん。すみませんでした。そして、ありがとうございます」

 横でふゆみが、涙声で言った。

「こちらこそ。おかげで私も決心できました。分からず屋の親父と対決しますよ。お互い、愛する人と幸せになりましょう」

 と言って神徳は爽やかに笑い、最後に

「な? ちょっとヘタレな王子様」

 と言い、俺の肩をポンと叩いて去って行った。