「でも、あなた。ここでは狭くありません?」

 と母親は言ったが、嘘だろ?
 この部屋は、見たところ20畳ぐらいと思われ、狭いどころか、十分広いと思う。

「確かにそうだね。部屋を移そうか」

 父親は、テーブルの白い受話器を持って耳に当てた。

「あ、爺や? ふゆみと直也君に"蘭の間"へ行くように言ってくれる? うん、そう。私達もそっちへ行くから。うん。よろしくね?」

 軽いなあ。"爺や"って、さっきの執事さんだと思うが、ふゆみの父親にとっては、父親代わりとか、あるいは祖父同然の仲なんだろうなあ。

 俺は桜井夫妻と共に、"蘭の間"へ移動した。そこは洋間で、確かにさっきの部屋より更に広く、座り心地の良さそうな、クリーム色のソファが並んでいた。

 そして、そのソファに座る間もなく、ふゆみがやって来た。

 ふゆみは、紫のシックなロングドレスを着ており、なぜか黒縁の眼鏡を掛けていた。そして、俺を見ても表情を変えず、うやうやしくお辞儀をした。

 そんなふゆみの、冷たい態度に傷付きながらも、俺はふゆみに会釈し、本当は見るのも嫌なのだが、ふゆみの横に立つ、"直也"なる男に視線を向けた。

 精悍な顔つきのその男は、俺を見てフッと笑った、ように見えた。