「もう電車ないね」

待たせていたタクシーで、喜多さんと尚人さんが帰ってしまうと、加地くんが腕時計を見て言った。

「タクシー捕まるかな」

「週末だしね。駅のタクシー乗り場のほうまで行ってみよっか」

私と加地くんは並んで歩き始めた。
ショーウインドウに飾られたクリスマスの電飾が点滅している。

「別れたんだね」

加地くんが静かな声で言った。

「別れたっていうか……最初から付き合ってなかったから」

私も静かな声で告白した。
加地くんにはもうきっとばれている。

「やっぱりね」

加地くんはコートのポケットに両手を入れて、ふぅと自分の前髪に向けて息を吐く。
茶色の髪がふわっと揺れた。

「よかったね。なにもかもが終わって」

「え?」

「だって、怪我が治れば全部終わりだって、大澤さん言ってたじゃん」

「……言ったっけ。私」

私は心の中で今聞いた言葉を復唱してみる。
『怪我が治れば全部終わり』

「……あ」

記憶がよみがえった。

あのときだ。
夏生が井谷さんと二人で歩いているのを見た時。
逃げるようにエレベーターに乗り込んだ私に、加地くんが「本当は付き合ってなんかいないから、文句言えないんでしょ?」と問いかけた。
それに対して私が言ったのだ。

『怪我が治ればすべて終わりだから。終わりにするから、今はそっとしておいて欲しい』と。

まさか、同じ言葉を夏生に言われるなんて。
あの時は思いもしなかった。