結局、私は布団の中で会社に電話をして、打ち合わせの相手にスケジュール変更と謝罪のメールを送った。
課長には「早く良くなってね。お大事にね」と優しく言われ、打ち合わせの相手からも「了解です。また後日改めてお願いします」という返信がきた。

会社を休むのは責任を放棄することだと思っていた。
でも、それは違うのかもしれない。
夏生に言われて気が付いた。

全てやり終え、布団でまどろんでいると、ドアがそっと開く音がした。

「……しずく?」

私は布団をかぶったままじっと息を殺していた。
夏生の声を聞いたら、涙がまた一粒、目尻からこぼれて枕に吸い込まれていった。

「……俺も会社休んだから。なんかほしいものあるか?」

……信じられない。
こんなことで会社を休むなんて。
伝説のスーパーバイザーのくせに。
こんな偽物の彼女のために、あっさり会社を休むなんて。

夏生に背中を向けたまま、首を横に振ると夏生が歩いて私に近づいてくる気配がする。
私のすぐ後ろにしゃがみこんだみたいだ。

「……ごめん。言い過ぎた」

頭の上の布団が少しだけめくられ、夏生に髪を撫でられた。

そのとたん、あとからあとから涙が流れ出して、止められなくなってしまった。
ぐすっと鼻をすする。

「……夏生は、正しい、と、思うよ」

「だとしても、言い過ぎた。きついこと言ってごめん。しんどい時に言うべきじゃなかったと思う」

夏生はずっと私の髪を撫でていてくれた。子どもの頃、嫌なことがあって泣く度にお母さんがしてくれたみたいに。
大きな手のひらでゆっくり。

「仕事は大事だけど、しずくの体はもっと大事。それにしずくががんばって仕事をしてるの、ちゃんと周りの人はみてくれてるから」

夏生の言葉に私はただうなづいた。

「ずっとここにいるから。ゆっくり寝て、しずく」

ぼんやりした意識のなか、最後にそんな声が聞こえた気がした。