俺は背後の足音に気付き、足を止めた。
 朝から降り続いている雨のお蔭で足元が悪い。

 俺は足早に前に見える橋まで行き、中程で差していた傘を捨てた。履いていた下駄を脱ぎ、欄干を背にして立つ。

 後方から走り寄ってきた二人が抜刀し、俺の左右に散った。
 見るとさらに後ろのほうにも人影が見える。団体さんでお越しのようだ。

 ちらりと、俺は男らの足元を見た。下駄であれば、この橋の上では滑るため、脱ぐ間を与えず足払いを食らわせて、さっさと逃げようと思ったが、生憎どちらも草鞋だ。
 この雨に草鞋とは、端から殺るつもりで俺を追って来たことになる。

 少し考え、俺は下段に刀を構えた。血路を開くしかないうようだ。

 目の前の二人は、見たところ、右手の男が先に仕掛けるだろう。同士討ちの恐れがあるので二人同時ということはないが、右手の男の仕掛けに反応したところを、左手の男が斬り込むと見た。
 相手が複数であっても、誰が最も腕が立つのかを見極めれば、攻撃の順番がわかるのだ。

 三人の構えた刀身に雨が滴る。まるで土壇場のようだな、と思った瞬間、右手の男が動いた。気合を発し、一気に一足一刀の間境を越える。
 俺は男の振り下ろす刀をぎりぎりで避けた。刀で相手の攻撃を弾くと、その隙に胴が開く。そこを左の男が狙うはずだ。

 俺が避けたことで、振り下ろされた刀身は欄干に食い込んだ。
 その隙に、俺は左手の男の眼前に迫った。刀身が弾き合い、青火が散る。

 お互い後ろに飛び様、二の太刀を振るう。俺に向けて突き出された刀ごと、男の腕が空(くう)に飛んだ。
 強くなってきた雨と共に、血が驟雨のように降り注ぐ。

 俺はその勢いのまま、ぐるりと周りを取り囲んだ団体さんに飛び込んだ。この中に味方などいない。目に付く者は片っ端から斬ればいいのだ。

 人を斬ると、刀はそのうち斬れなくなる。あまり深く斬らないように、相手の動きを止めるに留める。

 腕を抉られ、腿を斬られ、とどめを刺して貰えない者の絶叫と、冷たい雨と生暖かい血の中を、俺はひたすら刀を振るいながら、前へと進んだ。


*****終*****