広い河原に、二人の男が向かい合っていた。互いにぴりぴりとした殺気を放ち、手にした木刀を構えている。

「お糸を巡って、まさかお前と立ち合うことになるとはな」

 剣先を相手の左目につけ、寅(とら)が言う。

「昔から三人だったしな。想定内といえば想定内だ」

 同じく正眼に構えた平太(へいた)が、静かに口を開いた。

 寅と平太、それにお糸は幼馴染である。昔から兄妹のように育った三人だったが、男二人に女一人であれば確執が生れるのは当然の流れであった。
 寅と平太はお糸に惹かれ、お互い後腐れなくするために、剣の勝負で身を引くほうを決めようとなった。

 木刀を構えた二人が、動きを止めたまま時が過ぎる。
 ふと、寅の構えが崩れた。胸の辺りを押さえて、膝をつく。

「……やっと効いてきたか」

 平太が、呟きながら木刀を降ろした。そして、胸を押さえて蹲る寅に歩み寄る。

「想定内だと言っただろう。こうなれば、お前が剣で勝負を決めようと言ってくることもわかっていた。お前は腕に覚えがあるからな」

 冷たい目で寅を見下ろし、平太は木刀の切っ先で、苦しむ寅の顎を持ち上げた。

「……さっきの白湯に、毒を仕込んでいたのか」

 立ち合う前、喉が渇いていた寅に、平太が白湯を差し出したのだ。にやりと平太の口角が上がる。

「剣では敵わん。でもそれはあくまで、お前が万全の態勢であればの話だ。少しだけでも調子が悪ければ、俺が勝てる。心配するな。俺だって幼馴染を殺したくはない」

「し、死にはしない、だと……?」

「多分。でも、ちょっと多かったかな?」

 薄笑いを浮かべ、平太は木刀を振り被った。

「正々堂々、剣で勝負なんて、どこが正々堂々なんだ。お前が勝てる方法を選んだくせに。だったらその裏をかいて、お前を陥れたっていいはずだろ」

「き、貴様……」

「運良く助かっても、お糸には近付くなよ」

 言い様、平太が木刀を振り下ろした。
 だが。

 ガッという乾いた音と共に、平太の手から木刀が飛ぶ。寅が振るった木刀が、平太の木刀を弾き飛ばしたのだ。

「へ、馬鹿が。この俺が、お前の考えそうなことぐらい気付かないと思うのか」

 ゆらりと立ち上がりながら、寅が笑う。そして、袖を振って見せた。その袖は、水気を吸って濡れている。
 平太の目が、驚愕に見開かれた。

「お前は昔からそうだった。気付かれぬように、裏で巧妙に糸を引く。俺はお前の差し出すものは、いつも警戒していたのさ。一口飲んで気付いた」

 ずっと仲良く接しているつもりだった寅が、そこまで気付いていたとは。ぶるぶる震える平太に、ぺっとせり上がって来たものを吐き出すと、寅は握った木刀を、びゅっと振った。

「最後に教えてやる。俺が剣での勝負を申し出たのは、いい加減お前に我慢ならなくなったからだ。だが本気で命を懸ける気のないお前は、真剣だと受けない。だから木刀にしたんだ」

 言いつつ、寅は木刀を上段に構えた。

「お前は俺を殺す気はない、と言ったが、俺はお前を殺すつもりだ」

 寅が言った瞬間、ひっと小さく息を吸って、平太が反転した。そのまま逃げようとする。
 その頭に、寅は木刀を振り下ろした。過たず脳天を直撃した木刀は、平太の頭蓋を砕き、血と脳漿を飛び散らせる。

 寅は頭を砕かれ頽れたかつての友を、血に染まった木刀と共に、川に投げ込みその場を去った。


*****終*****