全ては小学五年生の六月にさかのぼる。私はとある女子に好意を寄せていた。仮にその女子の名前をAと呼ぼうか。本名で考えると私はとても不愉快な気分になるし、イニシャルで呼ばれても同様である。ましてや呼び捨てなんてなおさらだ。当時のAは学年内ではとても人気のある人だった。容姿端麗であり、なおかつ私に対してはもちろん、老若男女関係なくAは誠実に、そして優雅にふるまった。
当時の私はとても泣き虫で、小学五年生になっても猶、何か失敗してしまうと涙ぐんでしまうというとても情けない男児であったが、そんな自分に足してもAは叱咤激励してくれた。そんなAの事を好きにならぬことはあっただろうか?当時の自分に対してもし百回聞いてみたとしても答えは百回とも好きにならぬことはないと返すだろう。
小学四年生の時から好意を寄せていただけあって、一年も思いを秘めているとなるともう幼心は我慢の限界に達していただろう。私はこの時Aに告白しようと思った。所詮小学生が好意を寄せている者に告白して成功したところで大学生見たく大胆に付き合う事なぞできっこなく、それにどんなに長く付き合ったとしても中学校に入るか入らないかで自然と関係が消滅してしまうのがおちだ。
ましてや当時の私は泣き虫に特に何も特技を持っているというわけでもなく、所謂「モテる」要素が一つもなかったのである。この状態なのなら成就しないのは当然である。しかし何を思ったのか私はわざわざ慣れない花まで用意して告白をしようと決め、実際に花も用意してしまったのである。
早朝の雨降る土曜日の朝に告白したことは今でも鮮明に覚えている。そして盛大に振られたことも克明に覚えている。今の私からすれば何一つ対策を講じていないのだから振られて当然だと思っているのだが、当時は根拠のない自信を以て告白してのだから噴飯物である。こうして私の「初恋」はあっけなく散ったのだったのだが、私は当時はこれでこの恋愛に関するすべてのことは一件落着でお流れになるものだと考えていた。実際多くの他人の話を聞いてみてもそのあとに何か言われたりしたなどという事は別段としてないからだ。
今になって思ってみればその時誰かが柱の陰に隠れて私の事を見ていたような気がする。あの時に追っかけていればよかったものの、追っかけていなかったことが実に残念でならない。私はこの時点で何かを間違えていたので今があるとしか考えようがない。私は告白した後も何事も無かったかのように過ごしていた。
当時の私はとても泣き虫で、小学五年生になっても猶、何か失敗してしまうと涙ぐんでしまうというとても情けない男児であったが、そんな自分に足してもAは叱咤激励してくれた。そんなAの事を好きにならぬことはあっただろうか?当時の自分に対してもし百回聞いてみたとしても答えは百回とも好きにならぬことはないと返すだろう。
小学四年生の時から好意を寄せていただけあって、一年も思いを秘めているとなるともう幼心は我慢の限界に達していただろう。私はこの時Aに告白しようと思った。所詮小学生が好意を寄せている者に告白して成功したところで大学生見たく大胆に付き合う事なぞできっこなく、それにどんなに長く付き合ったとしても中学校に入るか入らないかで自然と関係が消滅してしまうのがおちだ。
ましてや当時の私は泣き虫に特に何も特技を持っているというわけでもなく、所謂「モテる」要素が一つもなかったのである。この状態なのなら成就しないのは当然である。しかし何を思ったのか私はわざわざ慣れない花まで用意して告白をしようと決め、実際に花も用意してしまったのである。
早朝の雨降る土曜日の朝に告白したことは今でも鮮明に覚えている。そして盛大に振られたことも克明に覚えている。今の私からすれば何一つ対策を講じていないのだから振られて当然だと思っているのだが、当時は根拠のない自信を以て告白してのだから噴飯物である。こうして私の「初恋」はあっけなく散ったのだったのだが、私は当時はこれでこの恋愛に関するすべてのことは一件落着でお流れになるものだと考えていた。実際多くの他人の話を聞いてみてもそのあとに何か言われたりしたなどという事は別段としてないからだ。
今になって思ってみればその時誰かが柱の陰に隠れて私の事を見ていたような気がする。あの時に追っかけていればよかったものの、追っかけていなかったことが実に残念でならない。私はこの時点で何かを間違えていたので今があるとしか考えようがない。私は告白した後も何事も無かったかのように過ごしていた。


