「秋田さん、ちょっといいかな」

仕事に打ち込んでいると、突然、背後から声をかけられた。
声で佐伯さんだと分かる。
私はパソコンから目を離し、振り返った。

「はい。なんですか」

「ここじゃちょっと。星野くん、アシスタントを少し連れ出してもいいかい?」

拓哉もにこやかに振り返った。

「はい。いいですよ。ごゆっくりどうぞ」

私は、白々しいほどの笑顔で話す彼を、横目で見ながら立ち上がった。
業務は立て込んでいるのに。
期限の迫った書類に、二人で必死に取り組んでいる最中だったのだ。

歩き出し、デスクを離れる瞬間、拓哉と視線が絡む。
彼は、佐伯さんに見えない角度で私をじっと見つめていた。
私はそんな彼から、さっと目を逸らした。




「どう?新規事業は順調かい?」

空室だった小会議室のドアの札を、使用中に変えて中に入る。そのまま二人で並んで椅子に座った。

「はい。星野主任に丁寧に教えていただいているので。とてもよくしてくれて……」

「そうか。……芹香ちゃんも、彼みたいな男が好きなの?彼は格好いいからね」

「はい?」

一瞬、ドキッとした。
驚いて佐伯さんを見る。

まさか、彼と私の間に漂うなにかに勘づいたのではないかと焦った。
過去のことを考えないようにしながら、就業中は特に気を付けていたのに。