思わず駆けてしまった私を、背後から追う足音。

どうしたらいいのか分からず、とにかく追いつかれないように走った。
だが、グッと手首を掴まれ振り返ると、息を切らせた拓哉が私を見下ろしていた。

「どうして逃げるの」

彼の問いに、なにも答えずに彼を見つめた。

「拓哉?……芹香さんなの?」

歩いてこちらに来た理恵子さんが、拓哉の背後から顔を出す。

「ああ。気づいた瞬間に走り出すから、思わず追ったんだ。仕事のこと?なにかトラブルでもあった?」

「仕事の話?私、先に部屋に行ってるわね」

仕事の話だと誤解した理恵子さんは、警戒を解いたのか立ち去ろうとした。
拓哉はそんな彼女に部屋の鍵を渡す。
そんなふたりのやり取りが、私に大きな悲しみをもたらす。

「放して……。仕事のことじゃないの。なんでもないから」

彼から手を振り払おうとすると、彼の手にはさらに力が入った。

「なんでもないなら、どうしてここまで来たの。話があるんだろ」