慌てて帰った拓哉はおそらく今頃、理恵子さんと会っているのだろう。
会社の前に佇みながら思う。

夕暮れの明るい空の中に、ひとつだけキラッと輝く星が見えた。
暗くなれば、周りにもっとたくさんの星が光るだろうが、今は明るさの中でそれらはかき消されている。
数々の見えない星は、本当は昼間からずっとそこにあるのに、誰にも気付かれることなどない。

私の中にある拓哉への気持ちも、日常の中で誰にも気付かれることなく、ひっそりとこれからも輝くのだろう。
状況が変わらない限り、それを公に出すことはない。私の中でいつしか消えてなくなるのを、辛抱強く待つだけだ。

「芹香ちゃん。お待たせ。本当に来てくれたんだね。嬉しいよ」

隣から声がして、星から目を離し彼を見た。

先ほど会ったときと変わらない、優しそうな笑顔がそこにあった。

彼はいったい誰なんだろう。
名前も知らない人と、いきなりこうして会っていてもいいのだろうか。

「立ち話もなんだから、とりあえずどこかへ入ろう。もし警戒してるようなら、そこのカフェでいいよ。人通りも多いしガラス張りだから、危険じゃないでしょ」

会社の目の前のカフェを指差し、彼はニコッと笑った。