確かにそうだ。私はここまで来て、なにを躊躇うのだろう。自分で望んだことなのに。
佐伯さんも、梨元係長も、拓哉も。誰かに向かって手を伸ばしているのに。

「おじゃまします」

私が玄関に入り靴を脱ぐと、拓哉はニコッと笑った。

「今帰られたら、涙で枕を濡らすとこだった。コーヒーでも入れるよ。実は、駅前カフェの豆を買ってるんだ。芹香にもご馳走したくてさ」

「えっ。本当に?」

学生時代にバイトしていた店だ。
拓哉に出会い、恋をして……失った。

「今でも時々行くんだ。窓際の席に座って、芹香を思い出してた。こうしてもう二度と、本人と会えるとは思ってなかったから嬉しいよ」

はにかんだように笑う拓哉があの頃と同じで、錯覚しそうになる。

あなたの腕に抱かれながら、永遠にこのままだと信じて疑わなった、過去の自分。
時を巻き戻して、純粋にあなただけを想っていた日々に戻りたい。