クリスマスの朝は、年老いた飼い犬との海辺の散歩で始まった。つまり、ふだんと何ら変わらない朝が訪れた。
クリスマスだからといって特別な朝になるとは限らない。



飼い犬は小型犬にあるまじき覇気のなさで、砂に4足をとられながらトボトボと歩く。
僕はリードを握り、砂浜から、遠く水平線をなぞるように航行するタンカーが陽光をきらりと反射するのを見た。


「・・・ 寒いな ・・・」

飼い犬に話しかけたつもりだったのに、面倒くさそうに足元を見ている彼の耳には僕の声は届かなかった。


波が泡をちりちりと立てながら砂浜に打ち寄せて、いくらかの砂を海へ引き戻していく。
砂浜を踏みしめながら、僕は波が打ち寄せるギリギリを歩く。


乾いた砂と波に洗われしっとりと濡れた砂の境目に、飼い犬の小さな足跡が残る。

年を取っても、飼い犬というのは可愛らしいものだ、なんてセンチメンタルに浸りながら僕は朝日に目を細めながら考えた。


ふいに、飼い犬が足を止めた。
つられて僕も立ち止まった。


「 どうした?」

僕が飼い犬に声をかけたのと、飼い犬が小さく吠えたのが同時だった。



飼い犬が短い足を砂に取られながら進む、その先に、

人魚がいた ・・・。


「え、・・・人魚?」

僕は情けないが、全く動く事が出来なかった。
その生き物に近寄る勇気がなかったのだ。

飼い犬の鳴き声に、人魚は振り返って顔を上げた。
そして、僕の飼い犬をその白い腕に抱いた。

美しい光景だった。
人魚の髪は水分なのか朝陽なのかわからないがとにかくつやつやと光り、僕の飼い犬は飼い犬ではなくなった。



僕は、リードと元飼い犬の糞を拾ったビニル袋だけを持ち家へ帰った。

年老いた飼い犬は、もういない。


〜クリスマス〜
クリスマスの奇跡とか。