試合の終わった選手と入れ替わり、リングの中へ入った。

 康平は、ショートアッパー気味にパンチを小さく突き上げながら、赤コーナー付近を歩き回る。

 彼は、椅子に座っていた時よりも、リングに上がってからの方が気は楽だった。身体を動かす事によって緊張が解れるからなのか、精神的に開き直るからなのか、本人にも分からないようである。


『これより、第十一競技を開始します。赤コーナー高田康平君、永山高校』

 リングアナウンスに呼ばれた康平は、リング中央に向かって小さく頭を下げた。

 ボディーチェックを終えたレフリーは、両選手に、リング中央へ来るようにゼスチャーをした。グローブを合わせる為である。

 康平は学校で目立つ方ではなく、気が強い方でもない。彼は吉川を見ないように下を向きながら歩み寄った。

 康平と吉川は、県で主催する合同練習等で、一緒に練習する時があった。顔を合わせれば挨拶位はする間柄だ。

 この日、両者は一度も視線を合わせていない。

 吉川も、下を向いたままリング中央へと歩み寄る。

 この試合に懸ける気持ちが顕れたのか、二人はやや力を入れてグローブを合わせた。