『明日、暇け?』
「はい。大丈夫だと思います。」
『ほな10時に迎えに行くわ。こないだのとこで、いいけ?』

わざわざ?来てくれるの?
うれしいけど……ちょっと近すぎる。

「あの、仁和寺はいかがですか?」
うちから直線距離500mぐらい離れているので、ご近所や母の目にもつかないだろう。
観光地なので誤魔化しも効くかもしれない。

『わかった。ほな明日。』
「あ……」
お礼を言う前に電話を切られてしまった。
本当に、自分の言いたいことだけ言って終わり。
身勝手な人。

「……碧生くんのお友達、京都に観光ですか?」
母に確認されたので、私は用心深く返事をした。

「はい。今、京都に来られているらしいので、仁和寺の観光をお勧めしました。」
「そう。近いですし、碧生くんのお友達なら、うちに寄っていただいてもよろしいのに。」
「……急いでるようで、ご挨拶もできないまま、お電話を切られてしまいましたわ。」

そんな風にその日は偽って、翌日はまた別の用事を捏造する。

義人さんと頻繁に逢っていた頃以来の後ろめたさに少し胸が痛んだ。




日曜日、春らしい白いワンピースに水色のカーディガンを羽織って仁和寺へ向かった。

泉さんは……。
この間の、すみれ色のパッソを探すけれど、それっぽい車はいない。

……いた。
でも、あれは……嘘でしょう……?

恐ろしく派手な赤いフェラーリのドアが鳥の羽のように大きく上に開き、黒いサングラスをかけた泉さんが降りてきた。

「乗って。」
私は周囲をキョロキョロ見回して、知人がいないことを確認してから、素早く乗り込んだ。

「ごきげんよう。すごい車で来ましたね。先日のパッソを探しましたわ。」
シートベルトを締めながらそう挨拶すると、泉さんは
「あれは競輪場用や。ピストレーサー乗せんなんし。」
と、涼しい顔で車を発進させた。

う、うるさい!
ボボボボボボボボとエンジン音だかマフラー音だかわからないけれど、車内はとにかくうるさい。
ろくな会話もできないまま、車は進む。

泉さんは京都市内を南下して、京奈和自動車道で奈良方面へと向かった。
……わざわざ京都まで私を迎えに来てくれたのね。

何も仰らないけれど、泉さんが優しくて驚いた。



11時半頃、到着したのは……奈良公園内の料理旅館。
母屋ではなく、独立した離れに通されてた。

「料理、一気に運んでくれたらええから。」
せっかくの素晴らしいお宿なのに、泉さんは相変わらずマイペースなことを言って、仲居さんをものすごく不機嫌にさせてしまった。
困った御仁。

「お時間、あまりないんですか?」
「……せやな。夕方、バンクに練習に行くけど。」

夕方?
充分あるじゃないの……と一瞬思ったけれど、すぐに気づいた。

「もしかしてココ……」
恐る恐る、閉められた襖を開けてみる。
ふかふかのお布団が敷かれていた!

……そういうことですか。
つまり泉さんは、料理より私を食べにきたのね。

やっと理解して、苦笑した。