街並みは随分前に閑散とした姿に変わっていた。

茂る樹々、のどかな緑の草原が飛ぶように後方へと消えていく。

数人の騎馬隊が草原を駆け抜けていく。

その肩にはみな純白のマントを付け、相乗りしている白い服の少女だけはマントが違っている。
彼らの前方に、目指す砦のような館が見えてきていた。

館は黄色地に青い竜の旗、ザンジュール国の旗を掲げている。
シラー国との紛争を収めるため、騎士団が在留している、エルロイ卿の守る館だ。


館に近づくと、見張りの兵たちがこちらを見てとると構えた槍をおろし、
敬礼をしてくる。≪当然だな≫とアイザックは内心ため息をつきながらも
納得していた。自分の後ろにまたがる、ディアナがその肩に国旗と同じ
黄色地に青い竜の入ったマントを翻しているからだった。
兵士たちはそれをみて『王』か『王が許した特別な者』だと認識する。

館の前につくと、馬から降りることもなく城門が開かれた。
この絶大な権力を、この少女はいとも簡単に国王から供され、この国境へ『救い』として
国王直々の命を受け派遣されてきたのだった。その命令の前ではしぶるアイザックなど
何の抑止力にもなれず、むしろ護衛の為に同行することを望む他はなかった。
ディアナが発つというのに、自分だけ城に残っている理由はなかったからだ。
≪フランツ皇子はさぞ驚かれることだろう・・。≫

「入りますよ。」
城門をくぐる。ここまでほぼ休まず、丸1日半、馬を飛ばしていたので、到着とともに
ディアナがくずれ落ちるのではないかと心配し、アイザックは腰にまわされたディアナの手を
しっかりと握った。
「大丈夫よ。」意外にも背後からの声は明るかった。

皇子に会えることが彼女の力になっているのだろうと見え、
アイザックは甲冑の下、口元を緩めた。

城門を数人の騎馬隊がくぐり抜けた。
迎えた兵たちの先頭に、アイザックと同じ純白のマントの騎士が居た。
お互いを認識するとうなづき合った。
アイザックはひらりと馬から飛び降り、ディアナを下ろした。

パサリ、目にもまぶしくディアナのマントが広がった。
「『救い』だ!『救い』が来てくれたぞ!」
兵士たちの間にざわめきが広がった。
国旗と同じ模様の、許されたマントを肩につけた少女を、一目みただけで兵士たちは
『救い』だと口々に言い合った。
それは国王の期待した通りだった。

一気に城内の温度が上がり、士気が上がるようだった。
アイザックはここへ来ることになった経緯を思い出していた・・・



☆☆☆

「アイザック、皇子のところへ行かせて!」
「駄目です、ディアナ様。」
そんな押し問答を繰り返していたところ、その突然の訪問はあった。

「ディアナ様!国・・国王様のお使いの方がいらしてます!」
マレーが慌てて部屋に入るなりそういうと、ディアナの身を軽く整え、
皇子の執務室へ急がせた。
「ささ、お待たせしてはいけませんわっ!」

フランツ皇子の執務室で待っていた国王からの使者は
国王の伝言を携えていた。
使者は国王への謁見、つまり会いに来るように、ということを伝えた。

「私が、国王様に?」
ディアナはぽかんとした。
アイザックもこれはどうしたものかと思ったが、すぐに来いという内容だったので
城内に残って執政しているレデオン卿のもとへ相談に行くこともできなかった。

国王のそれを断ることはできず、内容もわからないまま、ディアナは使者に伴われ、
国王のもとへ謁見することとなった。
アイザックは渋る使者に、病み上がりのディアナの付添だと言い張り、半ば無理やり
同行した。皇子不在の今、ディアナの身は必ず守る、と決めていたのだから。

国王は玉座の間ではなく、執務室にディアナを呼んだ。
アイザックは驚いた。旧知の間でもなく、初めて会う正体の知らない少女を
国王がそんな近い場所で会うとは、どういう要件で呼ばれたのか、ますます
眉根のよる思いだった。

「そなたが、『救い』と呼ばれ、フランツが保護しているというディアナかな?」


国王は立派な椅子に座り、合わせた手を机上に乗せている。威厳に満ちた覇気のようなものが
溢れていた。白の混じったグレーの髪色こそフランツ皇子と違っているが、
瞳の色はうす青く、フランツの瞳とよく似ているようだった。


国王は目元をふとゆるませた。
「あなたはまっすぐに私の瞳を見るのですね。」
はっと息をのみ、ディアナは慌てて頭を下げた。
「よいのですよ。とても素直な方のようだ。」


「あなたは他の国からいらした方らしい。。」
国王は目を細める。「こちらに来てもらったのは他でもない、
皇子の為、シラー国との紛争地へ出向いてもらえないだろうか。」

アイザックは頭を下げていたのでディアナを見ることができなかった。
が、彼女の返答は聞かなくてもわかりきっていた。
「はい、よろこんで!」
彼女の顔がにっこりするのが目に浮かんでわかるようだった。


国王は豪快に笑った。
「気に入った。なるほど、我が息子が君を大切にしていたのが
わかるような気がするよ。」

そしてその手を叩くと、すぐに使いの者が現れ、
用意していたとばかりにあのマントをディアナの前に差し出した。
遠征に「はい」以外の答えは用意されていなかったのだろう。
しかし、ディアナは行かされるのがどこであれ、皇子の為であれば
場所などいとわないはずだった。

「このマントは国王か、国王が許した者しかつけることができない。
ディアナ、そなたにこのマントを託そう。この国の救いであるそなたの身を、
このマントの力が救ってくれるだろう。そしてディアナ、状況の変わりつつあるシラーとの
戦いにおいて、我が皇子の力となってほしい。」

国王のもとにも、もちろん戦況の知らせは届いていた。
国王は皇子のため、息子のため、これまでフランツがその保護下に置いていた『救い』を
彼の為に遠征させることにした。

こうしてディアナは国王から直々に命を受け、シラーとの紛争地へ派遣されたのだった。