庭園での食事のあと、フランツ皇子は私の手を自分の腕に乗せ、
ゆっくりと歩いてくれた。少し庭園を散策し、部屋の前まで送り届けてくれた。

途中、何人か『大臣』と呼ばれる人たちと会ったけれど、
フランツ皇子は私の腕を離さず、大臣たちと会釈を交わして別れた。

後方でざわつくような声がしたけれど、フランツ皇子は何も言わなかったし、
私にどうしろとも言わなかった。
だから私は、フランツ皇子と同じように、会釈を返していた。

ここに来て数日、自分の部屋だけにいるようにと言われていたから、
フランツ皇子が住んでいるここがこんなに広いお城なんだとは知らなかった。

ものすごく高い柱に支えられた天井や、どうやって運んだのかわからない
大きな石が組み合わされた壁、ふかふかの真紅の絨毯が続いた道、
床がぴかぴかに磨きあげられたホール。

ためいきが出そう。。
あまりに自分の生活との違いが大きすぎて、ただただすごすぎて、、


すれ違うどの人も、みなフランツ皇子にお辞儀したり、
手を止めて道をあけたり、扉を先に開けたり、
誰ものフランツ皇子への眼差しが熱っぽいような気がした。
期待のこもる眼差しだろうか。。

そして、次に私にもその人々の視線が
今度は好奇と関心のこもった視線が刺さるようだった。

「怖い?」
フランツがそっとささやくように言った。

真紅の絨毯を踏みしめ、一緒に隣を歩くフランツ皇子。
彼は『皇子』なんだ。。
今見ているもの、まわりの人々の態度や視線が
それを感じさせる。

人々の期待に満ちた視線を浴びて堂々としている、
こんなにも輝いて見える彼はとても強い王になる人だと思えた。

『救い』なんてなくても、フランツ皇子はもう立派な王様のようだと
そう思った。

帰る方法がわからない私がここに居るためには、
うううん、違う、帰る方法がわかっても、

フランツ皇子のために何かできるなら、
私を信じてくれた皇子のために、

私は私ができることをしたい。
フランツ皇子のためになりたい。。


皇子のそばに居るだけで、争いを収める手助けになれるのか
わからないけれど。。それでも助けになれるのなら。


ディアナの答えは決まっていた。


私は彼のそばに居たい。




『怖い?』漠然とした不安はある。
だけど、フランツ皇子のためになりたい、
その気持ちが私を突き動かすようだった。


フランツ皇子に手を握られ、自分の胸の高鳴りを感じつつ
私はフランツ皇子と並んで歩いていた。

フランツ皇子は『怖い?』と言った以外、何も言わなかったし、
私も何も言わなかった。

彼は行きかう人々の耳を気にして何も言わなかったのかもしれないし、
私はいろんなことに圧倒されていて言葉が出てこなかったのかもしれない。


部屋の前についた時、
フランツ皇子は私の手を握り、じっと私を見つめていた。

「疲れただろう。ゆっくりお休み。」
やっとそれだけ言うと、扉を押し開いて私を中へ入れた。

閉じた扉、私はそこでぼやっとしていたんだろうか。。

去っていく足音が聞こえてこないことに気がついて、、
そっと扉に手を添えた。

≪フランツ皇子はそこにいるのかもしれない。。≫


『怖い?』と聞いてくれた彼の瞳はどんなだっただろう。。。
私、周りに圧倒されて彼のことがよく見えていなかった?

私を気遣ってくれたあの言葉、彼は、、
さみしそうだった。。。?

急に胸が痛くなるようで、扉を開けようと手に力を込めた。


すると、それがゆっくり内側へ開かれた。


眉根を寄せて困った表情をしたフランツ皇子が居た。
「どうして出てきたの?」


「、、、泣いてるのかなと思って。」
「私が?」
フランツ皇子は目を細めたように見えた。

きれいな指を口元にあてる彼のしぐさ。
くしゃっと笑みがこぼれた。
「きみって子は。。。」
「え?何?」
口元を覆った手のせいか、よく聞き取れなくて聞き返す。

急に抱きすくめられ、皇子の香りに体中が満たされた。
首筋にやわらかくあたたかい感触が、、

「ぁっ、、!!」
一気に全身から力が抜けて足元から崩れ落ちた。

、、が、フランツ皇子に抱きしめられていた身体は床に崩れ落ちることはなかった。
彼の胸に抱きとめられていた。

首筋から顔を上げたフランツ皇子が、私を抱きしめたまま
そっと私の顎に手を添えて上に向けさせた。

フランツ皇子の香り、シャツの下に感じられる筋肉、
その顔がいつもよりうんと近くて、、

なのにその皇子の顔がもっと降りてくるようだったから、
私は火照る顔を隠したくて慌ててうつむいた。

、、、すると、金色のやわらかい髪がサラサラと降りてきて、
やわらかくてあたたかい感触が額にそっと押し当てられた。

どくん、これでもかと高鳴る心臓。
私を包み込んでいる彼の香りにめまいがした。


しばらくそこに口づけをされたまま、
私は彼の腕の中で身動きができなかった。


扉はいつの間にか閉じられていて、
部屋にはマレーさんの姿はなく、私たち二人だけだった。

「ディアナ、、、私はきみを守りたい。」


腕の中でフランツ皇子の鼓動とともに
彼の言葉がまっすぐに私に響いてきた。

「王位継承は救いの力など借りなくても何の問題もない。
シラーのこともそうだ。伝説は口実で構わない。」
腕の中、ディアナの花のようなやわらかな香りに
フランツは思わず抱きしめる腕にぎゅっと力を込めていた。

「きみがそばにいてくれれば、それで私はきみを守れる。」

ディアナが小さくうめいたので、フランツは慌てて腕を緩めた。
のぞきこむと、少しほっとしたような彼女の顔があった。

≪焦りすぎだ。。≫
フランツは、自嘲するような薄い笑みを口元に浮かべた。
「大丈夫かい?」

ディアナは小さく、そしてはっきりと
首を何度か横に振って見せた。
「うううん、違う、、違うよ。フランツ皇子。」

私は身体を起こそうとフランツ皇子の胸にそっと手を置いて、
彼のたくましい胸から身体を引き起こした。
彼の鼓動が高鳴っているのがこんなにも伝わってくる。

きっと私の鼓動も彼に筒抜けなのだろう。。
ふとそう思った。

ディアナはフランツの瞳がよく見えるように、金色の髪に手を伸ばしかきあげた。
うす青い瞳がじっとディアナを見つめている。

思いつめたような瞳。。さっきまではあんなに希望や期待を集めて
堂々といた彼のその瞳が、今はこんなにも。。

「心配しないで。。。
いつも皇子がやさしく心配してくれるから、今度は私が。
帰れる方法が見つかるまで、私が皇子のためになれることがあるなら、
そうしたいと思う。

出会った時から私を疑わないでいてくれたこと、どんなに有り難かったか。
ここが、あったかくなったか。。」
私はそっと自分の胸に手を当て、目を閉じた。

「フランツ皇子のために、遠征にいっしょに行く。
この国のことも何もわからないけれど、伝説の救いとして
そばにいる。、、怖くないよ。フランツ皇子がいるから。」
彼の不安を消してあげたくて笑顔を浮かべて見せた。

「きみって人は。。」
驚いた表情、ふとその瞳に光が戻ったようだった。
ふんわりといつものフランツの微笑がひろがった。

ほっとするディアナを、フランツはぎゅーっと抱きしめた。



ディアナを想う、それだけでこんなにあたたかな気持ちになれていることが
フランツは不思議だった。
私のためにいてくれる、そう言ってくれることが嬉しかった。

これまで利害関係無しに他人と接してこなかった自分は、「氷の皇子」と
呼ばれていることも知っていた。国を背負うものとして、個人の感情だけで動くことは
できないと、叩き込まれていたからだった。
それらを置いて、特定の誰かと居たいなど考えたこともなかった。

こんなにも心に温もりをくれるディアナが愛おしかった。


首筋に軽く唇をつける。
「ぁっ!、、」
避けようとするディアナの顎を上に向かせる。

「次は逃がさない。」
すっと彼女の形のよい唇に親指を添わせると、フランツは身体を離した。

「ゆっくりお休み。」
魅惑的な微笑を浮かべフランツは部屋を出て行った。
残されたのは彼の香りと、ディアナ、そして、
ディアナの腕に、背中に、腰に、首筋に印されたフランツの感触だった。

「私。。」
ディアナは首筋に手をやり、ほうけてしまった。
フランツの唇が触れていたところがまだ熱いような気がしていた。