その時、宿屋の外から女性の話し声が聞こえてきた。
「ねぇ、まだこの町にいてくれるんでしょう?今夜は私の家に泊まっていってよ。
ここにいる間だけでいいから、私と一緒に過ごさない?」
声のする方を見ると、その女性は側にいる青年と話をしているようだ。
青年の姿は、宿屋の屋根に隠れて見えないが、女性の方は、なかなかの美人だ。
私たちは、無意識にその会話に聞き耳をたてる。
「この町にくることなんて、あまりないんでしょう?
…ね?今夜だけでもいいから。」
どうやら、二人は知り合いようだが、
恋人ではないようだ。
女性の方が青年に迫っているらしい。
……なんか、聞いているこっちが照れてきちゃうな。
ゼロを見ると、あまり関心を持っていないようだ。
すると、少しの沈黙の後、青年の声が聞こえた。
「僕は一夜限りの恋なんて出来るような器用な男じゃないんだ。
…ごめんね?
話し相手ぐらいなら、いつでも付き合うからさ。」
何も考えずに、ただぼーっと会話を盗み聞いていた私たちだったが、
その声を聞いた瞬間、ばっ、とベランダから身を乗り出した。
そこには、見覚えのある漆黒の髪の青年が見えた。



