ウサギとカメの物語



「あらっ?コズちゃんの顔がなんだかさっきと違う気がする〜。いいことでもあったー?」


上品なショートカットの髪の毛を揺らしながら私の赤ら顔を覗き込み、意味深に微笑む真野さん。
この年代の女の人ってとっても鋭いと思うのは私だけだろうか。


私ったら分かりやすく喜びが顔に出ちゃってるんだなぁ、と思いながらも「何にもないですよぉ」と焼酎を飲み干した。


遠い席の熊谷課長を見ると、いまだに女子社員に囲まれていた。
いつまでも爽やかな笑顔を崩すこともなく楽しそうに飲んでいて、その白い歯と二重のハッキリした目に見とれる。


ちょっとタレ目で、系統で言えば濃いめ。
世間で言うソース顔?
正統派の美形だよなぁ、と頬杖をつく。
黒い長めの髪は綺麗な額をより綺麗に見せていて、ちょっと硬そうな髪質とか、触ってみたいと思ってしまう。


大して特徴も無い私なんかと連絡先を交換して、ましてやご飯に誘ってくれるなんて……。


そういえば今年の年始に初詣で引いたおみくじ、大吉だったけな。
その大吉の運が今ここに集結したんだ、きっと。
いやむしろ人生の運が集結しているのかも……。


がぶ飲みしたお酒でいい気分になって、トロンとした目で熊谷課長を見つめ続けた。


かっこいい。
ずっと見ていられるくらいかっこいい。


バーチャル熊谷課長が本物の熊谷課長になって、妄想してたことが現実になっちゃったらどうしよう。


ユラユラ揺れる視界の中で、最後まで熊谷課長から目が離せなかった。


「コズちゃん?……コズちゃん!?」


最後に聞こえたのは、焦ったような真野さんの声だった。




そこで、私の意識は途切れた。