ウサギとカメの物語



私が何も言わないのをいいことに、熊谷課長はハァ~ッとわざとらしくため息をつくと


「君みたいな子、初めてだったな。ホテル誘ってもついてこなかった子。簡単に落とせると思った俺が間違ってた」


と言って、ようやくそこで手を離してくれた。


課長に拘束されていた両手が、じんじんと痛い。
ついでに心も痛かった。
むしろ心の方が痛かった。


悔しくて唇を噛んでいたら、課長は面倒くさそうに整った顔を少し歪めて、いつもの爽やかさはどこへやら、ものすごく底意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「君みたいな平凡な子は、あの時会った……なんだっけ、名前。忘れたけど、あの事務課のボケッとしてる奴、あぁいう平凡な男が似合ってるよ」

「…………須和です……」

「まぁ、どうでもいいや」


熊谷課長は舌打ちするんじゃないかという勢いで私を睨むと、そのまま給湯室を出ていった。





取り残された私。


なんでか振られた気分で、そして死ぬほど惨めな思いに駆られた。


私ってそんなに安っぽい女に見えたんだ。


ホテルにホイホイついてくような、そんなバカな女に見えてたんだ。


悲しいというより、悔しくて。
悔しすぎて、涙も出なかった。