ウサギとカメの物語



あれだけなかなかの過激発言を平気でしたくせに、美穂ちゃんは「本題」とやらを話すのは気まずいのか、ちょっと肩をすくめて私だけに聞こえるように声をひそめた。


「実は……神田さんに好きだって言われたんです……」

「……………………神田くん?」


私は眉を寄せて一瞬考えてしまった。


「神田さん」って神田くん?
同じ事務課の?
4年目の童顔の可愛い顔した神田くん?
細い体に長い手足で、ほんのちょっぴりナヨナヨしてる、あの神田くん?


うっひょーーー!
私の知らないところでちゃっかりオフィスラブ楽しんでる人、ちゃんといるんじゃないかー!
そりゃあ、美穂ちゃんほんっとーに可愛いもんね。
分かる。分かるよ、神田くん。


ついニヤけそうになる顔をどうにかクールに決めて、「へぇ~」と口元を手で隠した。


「私、今はまだ新人だから受付業務が主体ですけど、出来れば来年度からは事務課にいたいんです。でも神田さんがいるんじゃ気まずくて仕事にならないような気がして……。すっごい困っちゃってて……」


ベーグルを小さく千切りながら口の中へ放り込む美穂ちゃん。
その顔は確かに困り果てていて、明らかに迷惑がっている空気を醸し出していた。
神田くん……お気の毒に……。


神田くんの心中を察しつつ、私は「でもさぁ」と提案をしてみる。


「美穂ちゃんの好きな人って、彼女いるんでしょ?それなら少しくらい神田くんのこと考えてあげてもいいんじゃないの?」

「え~っ、確かに神田さんのことは先輩としては尊敬してますけど……。異性としては意識したことないですもん」

「まぁそこらの女の子よりも可愛い顔してるもんね……」


なんだかんだで私も妙に納得させられてしまう。
ただ、個人的には神田くんには頑張ってほしいなぁなんて勝手に思ったりしている。


だって、美穂ちゃんのその好きな人って絶対にロクな男じゃない!
「2番目でもいいから」って言われたからって、その通りにするか普通?
チャラ男じゃあるまいし。
どんだけいい男なんだろう。