トイレを出たところの狭い通路で、携帯をいじりながら足早に歩いていたら誰かにぶつかってしまった。
真正面からぶつかって、携帯を落とす。
「あっ」と声が出た時には、携帯の画面が見事に割れてしまっていた。
ガーーーン。
声にならない声とはまさにこのことだ。
虚しくなりながら携帯を拾い上げると、上から聞き覚えのある低い男の人の声が聞こえた。
「ごめん、大野さん。携帯、割れちゃったよね?」
え?と思いながら顔を上げると、やたらと身長の高い端正な顔立ちの男の人が私を見ていた。
「く、くく、熊谷課長!!」
きゃー、という黄色い声をどうにか上げずに済んだ。
まさかぶつかったのが熊谷課長だなんて!
不幸中の幸い。
むしろ携帯の画面なんてどうぞ割れてくださいと言ってもいいくらい、テンションが上がってしまった。
しかも「大野さん」って呼ばれてしまった。
なんだか嬉しい……。
仕事以外で名前を呼ばれるの。
「うわー、ちょっと見せて」
熊谷課長は困ったように眉を寄せて私の手から携帯を取ると、
「本当にごめん。弁償するよ」
と、その整った顔をしかめていた。



