ウサギとカメの物語



週末。金曜日の夜。


居酒屋「酔いどれ都」のカウンター席で、私と奈々はキンキンに冷えたビールを喉に流し込み、テーブルに並んだお馴染みのおつまみを次々に口の中へ放り込んでいた。


「あ~、美味しい!週末最高!」


ワカサギの天ぷらを2匹一気に頬張っていると、隣に座る奈々が「親父くさっ」とツッコミを入れてくる。


「コズのその豪快さがたまんないけどね、私は」

「奈々~、豪快とか言わないでよね」

「ほんとのことじゃない」


下ろした髪の毛を片方だけ耳にかけて、ほんのり赤い顔でビールを口に運ぶ奈々。
女の私から見ても色っぽい。


「これでもデート中は大人のオンナを演じてなかなか高評価なんだからっ」


言いながら焼きたてホカホカの脂がのったホッケをハフハフしつつ食べる。
いい具合の塩気が口の中に広がって、ますますビールが進むったらありゃしない。


奈々はというと、それまで休まず動かしていた箸を休めて私の横顔をじっと見つめていた。


「……なによ、なんか言いたいことありそうだね」

「そういえば聞いてないなーと思って。コズの好きな人がどんな人なのか。ここ1ヶ月くらいちょくちょくデートしてるんでしょ?付き合わないの?」

「うーん……。それはまぁ、付き合いたいけどさ」


ちょっと前までの私なら間髪入れずに「付き合いたいに決まってるでしょ!」と言っていたと思うんだけど。
曖昧な返答をしたのにはちゃんと理由がある。


カメ男に指摘された仕事のミス。
それも、今週だけで3つも。
実は今週だけじゃなかったりするのだ。
その前も、本当に些細なことだけどミスをしていて、真野さんに心配されていた。
「コズちゃんったらどうしちゃったの?体調不良?生理痛?悩み事?相談なら乗るわよ?」なんて優しく声をかけられたぐらいにして。


このミスが続き始めたのは熊谷課長といい感じになってから。
完全に私の問題であって、ほかの誰のせいでもない。


でもこの先もこんなことが続くようなら。熊谷課長に気を取られて仕事に集中出来ないようなら。
自分的に納得がいかない。
彼といい感じになって嬉しい反面、仕事に支障が出るなんてあってはならないことだから。


だから素直に「付き合いたいに決まってるでしょ!」と答えられなかったのだ。