ウサギとカメの物語



「このお店、ワインもすごく美味しいんだよ。ワインに合う料理、適当に頼んじゃってもいい?」


私がハイと返事をするのを待たずして、熊谷課長はすでにメニュー表を片手にウェイターを呼び止めてしまった。


流れるような、慣れているような。
そんな動きでテキパキと料理をいくつか注文して、最後にワインも頼んでいた。


意外とせっかちなのかな。
私がお酒好きだっていうのは、会社の飲み会で何度か一緒に飲んでいるから知っているだろうけど。
まぁ、リードしてくれている感じがして悪くはない。


そんなことを考えている私に、熊谷課長が何かを思い出したように身を乗り出してきた。


「携帯の調子はどう?俺のせいで画面、割れちゃったよね」

「あぁ、それはもうまったく問題無いです!普通に文字も打てるし、支障無く使えてますから」


私はポケットに入れていた携帯を彼に見せて、心配させまいと笑顔を向けた。


「そっか。でも壊れたらいつでも言ってね」


ニッコリと微笑む熊谷課長に、思わずうっとりと見とれてしまう。


なんてかっこいいんだろう。
ちょっとだけ焼けた肌とか、長くて細い指とか、きちんとセットされた髪の毛とか。
普段は遠目で見ていた部分を、今日はこんなに近い距離で見ることが出来て、それだけでも夢のようだった。


「大野さんってさ」と、目の前に座る熊谷課長が私を見つめる。


「意外と2人になるとあまりしゃべらないんだね。明るくて元気なイメージがあったんだけど、今日はまた違う感じがする」


緊張してるんですよぉ~!!
なんて言えるわけもなく。


「そうですか?いつもと同じですよ」


と無難に受け答えしておいた。


普段の「明るくて元気=おしゃべり」というイメージを変えたかった。
大人な熊谷課長に合わせて、少しは落ち着いて見られたいと思ってるから。
私だって彼に釣り合うような女になりたいという願望があった。