熊谷課長とは19時に駅前のフレンチレストランで待ち合わせをしていた。
さすがに会社内で待ち合わせをして2人で一緒に行くのは危険すぎたので、現地集合にしたのだ。
あのどの角度から見ても整った顔と向かい合わせて食事をするなんて、果たして私は大丈夫なのだろうか?
遠くから眺めているだけでも心臓がドンドコドンドコ太鼓みたいに鳴り響くというのに。
あ、そういえば……。
ふと思い出して、バッグからお財布を取り出す。
中から引っ張り出したのは、昨日須和がこっそり返してくれたスタッズピアス。
なんだかんだで、昨日のうちにピアスのお礼は言えなかったな。
仕事でフォローしてもらった時に「ありがとう」とは伝えたけど。
その後のあまりにどうでもよさそうな対応ばかり目についてしまったものの、ヤツはたぶん根は悪い人では無さそうなんだよね……。
もう一度ピアスをお財布に戻してロッカーに忘れ物はないか確認したあと、もたもたと化粧直しをしている奈々に
「じゃあ、お疲れ様ね。また明日」
と声をかけた。
「あ、コズ!」
「ん?」
奈々に呼ばれて振り返ると、彼女は含んだような笑みを浮かべて親指を立てている。
「デート頑張ってね!」
同じようにグッと親指を立てて彼女に見せてから、私は女子更衣室をあとにした。
すると、廊下でバッタリ熊谷課長と出会ってしまい、一瞬にして慌てふためく。
彼はまだ仕事が残っているのか帰る様子は無くて、あわあわしている私を面白そうに見下ろしていた。
「お、お、お疲れ様ですっ!」
どうにか絞り出した決まり文句のような挨拶を聞いて、課長はサッと辺りを見て誰もいないのを確認したあと、ふと身をかがめて私の耳元に口を寄せた。
「あとでね」
その低くて甘い声に囁くように言われ、返事をすることも忘れて口が開きっぱなしになってしまっていた。
ヒラヒラと手を振って歩いていく彼の隙の無い後ろ姿を見つめたまま、ハートを矢で射抜かれてしまった私はついつい口元が緩んでしまうのだった。



