ウサギとカメの物語



微笑みを残して居なくなった熊谷課長。
私は呆然とその場に立ったまま。


え〜っと……、これはヤバいぞ。
気持ちが舞い上がりそうだ。
顔が!顔がニヤついてしまう!
我慢しろ〜、我慢するんだ、梢!


「大野」


突然名前を呼ばれたことにより、一気に現実に引き戻された。
横を向いたらいつの間にかカメ男がいた。


もはや気配すら感じられないんですけど。
いつからあなたそこにいたんですか?って聞きたいくらい。


何か用ですか?という文字を顔面に押し出してカメ男を見ていたら、ヤツはゆっくりと肘で私を押しのけてきた。


「ちょっと退いて」


どうやら私のいる場所の真ん前にある棚に用事があるらしかった。
だからって人を邪魔者みたいに肘で押すって酷くないか?


「どうもそれは失礼しました〜」


っていう嫌味を込めた言葉を投げつけて、さっさと行こうとしたら。
あ、という短い声が後ろから聞こえて、肩をつかまれた。


退けたじゃん!
言われた通りに、私、ちゃんと退けたじゃん!


「なに!?」と若干イラつきながら振り向いたら、カメ男は骨ばった手を伸ばしてきた。
不思議に思って手のひらを出したら、なぜだか周りに見えないように私の斜め後ろにのそのそ移動して、出した手に小さなクラフト素材の袋を置いた。
お年玉とかを入れるポチ袋みたいな、そんな袋。
ちょっとだけその袋は膨らんでいる。


「なにこれ」


という私のつぶやきをカメ男は無視し、棚の一番上にある分厚いファイルを苦労せずに簡単に取って、こちらを振り返ることもなく自分のデスクに戻っていった。


なんだ、今の不自然な動き。