必要なファイルを取り出すために席を立ち、事務所内の棚を覗いていたら後ろから声をかけられた。
「大野さん、ちょっとお願いしてもいいかな?」
こっ、この低くて甘い声は……。
期待に胸を膨らませて振り返ると、熊谷課長が立っていた。
ファイルなんてどうでもいい!
と、すぐさま身を翻して「はい!」と返事を返す。
すると課長は手に持っていた1枚のA4サイズの紙を渡してきた。
「定例会議の資料って君が作ってるよね?今回の資料に、ここに書いてあるデータの直近3年分を添付してほしいんだ。ギリギリでお願いしちゃって申し訳ないんだけど……」
お〜、3年分。けっこう量がある。
これは割と急がないと間に合わないぞ。
受け取った紙に書いてある事項に目を通した私は、「分かりました」とうなずいて見せた。
「助かるよ。よろしくね」
熊谷課長はニコッと笑い、そしておもむろに水色の付箋紙を私が持っている紙に貼り付けてきた。
さらに追加の事項かと思ってその付箋紙をまじまじ見て、そして息を飲んだ。
【今日か明日の夜、空いてる?】
そう手書きで書いてあった。
これは……。これはまさに……。
ドラマでよく見るやつ!
社内恋愛とかしてる主人公と素敵な上司がこっそりやりとりする時に使うやつ!
そのうち会社のパソコンを使って社内メールになったりして!
まさか自分の身にこんなことが起こるとは思ってもみなかったので、付箋紙を見つめたまま固まってしまった。
「大野さん」と熊谷課長に呼ばれて急いで顔を上げた私に、彼はなにやら右手を耳に当てる仕草を見せてきた。
『返事は電話して』って言っているみたいに……。
「は、はい!分かりました……」
私はドックンドックン鳴り響く鼓動を抑えつつ、返事を返した。



