ウサギとカメの物語



開き直ってビールジョッキをテーブルに置くと、フン!とヤツから顔を背けて言いたいことを言ってやった。


「えぇ、えぇ。異動願い本気で出そうか迷ってますよ。ちょっと気まずい人がいるもんでね。ついでに明日は消防士との合コンにも行くつもりなんだから。鍛え上げられた肉体美と触れ合ってきますよ〜。あー、楽しみだわ」


イヤミったらしい私のくだらない主張を、カメ男はただ黙って聞いていた。
何も言わず。
気まずそうな顔をすることもなく、申し訳なさそうな顔をすることもなく、怒るでもなく笑うでもなく。


普通になんてことない話を聞くように、黙って聞いていた。


やっぱり2人で飲みになんて来なければ良かったな。
私ってばすっごい惨めじゃない。
負け惜しみみたいなことまで口走っちゃって。
振られた女の遠吠えになっちゃってるよ。


それに、そんな風に黙っていられると困る。


私はカメ男に聞き役になってもらって、相槌を打ってもらえるから話すんだから。
なんの反応も無いと、話せなくなる。


ねぇ、だから何か言ってよ。


ウンでも、スンでも、なんでもいいから━━━━━。














気がついた時には、私はタクシーの中にいた。


眠っていたらしくて、瞼がまだちょっと重くて。
気を抜いたらまた眠ってしまいそうな程だった。


なんだかやけに体の右半分があったかい。


あー、私、たぶんカメ男にもたれかかっちゃってるんだなぁ、きっと。


いつから寝ちゃったんだろう。
ヤツが一向に言葉を発さないから、お酒を飲むペースが信じられないくらい早くなっちゃったんだよね。
やれビールだ、やれ日本酒だ、やれ熱燗だ、って。


それで酔い潰れちゃったのかなぁ。
まーたやっちまったよ。