それは、私の黒いスエード素材の手袋だった。
手首のところが茶色の革で縁取られたデザインだから、間違いない。
「あれ?これ……」
思わず首をかしげる。
そうそう、手袋はいつもコートのポケットに入れてると思っていたのに、無かったからどこに行ったのかと考えてたんだった。
それを言おうとしたら、先にカメ男が口を開いた。
「会社から出たところで落としたのを見たんだ。それで、渡そうと思って追いかけてきた」
「あ……そうだったんだ。ありがとう」
手袋を受け取ってお礼を言うと、ヤツはそのままさっさと行こうとしたので、慌てて腕を掴んで止める。
「あ、ちょっと待ってよ!」
さっきの話、聞いちゃった?
って、聞こうとしてた。
でも、なんかこの時はそれが言えなくて。
私とカメ男は見つめ合ったまま無言で過ごした。
いつまで経ってもなんにも言わない私に痺れを切らして、カメ男の方が「なに?」と顔を覗き込んできた。
おぅ〜、顔が近いいいいいい。
こいつ、わざとやってるんじゃなかろうか。
私が顔色を変えるのを面白おかしく見てたりして。
ヤツを見上げながら、なんて言ってやろうと考えていたら。
「昨日の点灯式、綺麗だったね〜」とか言いながら私たちのそばを通り過ぎる若い男女。
それを聞いて、閃いた。
「ねぇ、あっちに行こうよ」
私はそう言って、掴んだままのヤツの腕を引っ張って駅方面とは少し違う方向へ歩き出した。
特に驚くことも、抵抗してくることもせず、カメ男はただ私に引っ張られるままについてくる。
どこへ行くのかとか、帰りたいとか、そういうことも何も言わず。
流されるままだった。



