ウサギとカメの物語



嘘でしょ……。
よりによって同期の須和柊平と。
なんてこった。
やっちまった。
大野梢、26歳。やっちまった。


この人、本当に会社に来ているのかというくらい存在感が薄くて、というか存在感が無くて、いつも事務所のデスクとイスと体が一体化してるんじゃないかっていうくらい、いるかいないのか分からない人。
私の記憶の片隅に彼が同期であるという情報くらいはインプットされているものの、ろくに会話をした覚えもなければ交流した記憶もない。


もう、なんとな〜く顔と名前が一致するかなぁくらいの人。
なんでそんな程度のこの人と、一緒に朝を共にしているのだろう。


「顔色、悪い。水持ってくる」


須和は私の顔を見てつぶやくと、やけに遅い動きでベッドから立ち上がった。


おぉ、意外と身長はそれなりにあるんだ。
それさえも記憶に無い。
とにもかくにも印象が薄いのだ。


彼はのそのそとスローな動きで部屋を出ていった。


今だっ!この隙に!


私は素早く掛け布団を体から剥ぎ取ると、急いで床に散らかったままのニットとデニムを拾い上げ、最速でそれらを身につけた。


はぁはぁと息を荒らげて服を着た私は、呆然と部屋の真ん中に立ち尽くしていた。