昨日流れた撮影は今日も雨のせいで、明日以降になった。

お陰で今日は夕方には帰って来れた。

こんな時間に帰って来れるなんて何カ月ぶりだろうとエレベーターの中で思った。

玄関を開けると、やけに静かだ。

いつもなら当たり前なんだけど、今日は昨夜拾った猫が居る。

まさか、帰った?

人を感知したライトが灯る。

玄関には出て行った時と同じように靴が置かれていた。

って事は居るんだな。

瑛斗は靴を脱ぐと、脱いだ靴を持って靴部屋にしまった。

そして明日履こうと思っている革靴を出し玄関に置いた。

瑛斗の帰って一番にする行動だ。

瑛斗は女を寝かした寝室を見た。

疲れて何もしたくない時、帰宅したら、すぐに寝れる様に作った寝室。

一応客人様にというのも兼ねたけれど、ここに越してから、この部屋を使った他人は居ない。

友達が居ないわけではない。

忙しいっていうのもあるが、基本、他人を内側に入れる事に抵抗がある。

それまでの関係の友人しか居ないって事にもなる。

瑛斗はリビングに向かった。

やはりあの女の姿が、ここにも見当たらない。

じゃ俺の寝室か!?

瑛斗は静かに扉を開けた。

薄暗くなった部屋の中で小さなライトに照らされ、俺のお気に入りのロッキングチェアに座って寝ている、あの女が居た。

昨日も感じた胸の鼓動を感じる。

いや、まさか、そんなはずはない。

けれど、この女をそばに置いて置きたいと思っている。

現にこの家に他人を入れた事が、何よりの証拠かもしれない。

この女の名前も、どこの奴かもしれないのに、けれどマネージャーに秘密にした。

もしこのまま、この家に居させたら…監禁?って事は俺、犯罪者になってしまうじゃん!!

それは、マズイよな…。

瑛斗は起こさない様に女に近づくと、無防備な姿で気持ち良さそうに眠る女の頬に触れた。

小さな声を出し女は少し動いた。

起きたかと思った瑛斗はビクッとした。

気持ち良さそうにロッキングチェアに揺られている。

「なんで俺がビビらないといけないんだ。」

瑛斗は思いっ切り息を吸い込むと、大きな声を出した。

「おいっクソ女!!」

「あっはい!!」

女はロッキングチェアから飛び起きた。

俺のシャツはやっぱり大きいんだと思った。

起き上がった女の肩がさらけ出されていて、何処に目をやればいいのか戸惑う。

昨日びしょ濡れだった、この女の服を脱がし着替えさせたのは俺だ。

女の体なんて見慣れていた。

けれど、緊張で手が震えたのは事実だった。

「あっごめんなさい。珍しい本があったから、つい…。」

「お前、それが珍しいってわかるのか?」

「えっこれ?…この沢山ある中でも一番珍しいかな…。」

「そうなんだ!それを手に入れるまで、凄い苦労したんだ。」

「なのに、ちゃんと本棚に置いてあげてるのね。」

「あぁ本は読んであげてこそ、本だからね。」

必死に話してしまっている事に気付き瑛斗は急に恥ずかしくなった。

こんなに本の事を知っている女は初めてだ。

「昨日はありがとう。凄く迷惑掛けちゃって…あっあの…服なんですが…その…」

女は急にしおらしくなった。

「着替えなんですが…その…えっと…。」

「俺が着替えさせた。」

「えっでも!!」

「女の体なんて見慣れてる。お前の体なんて、なんでもない。」

「なっ!!あんたって最低!」

女が拳を掲げた。

瑛斗はその手を掴んでリビングに引っ張り入れた。

「ちょっと!離して!!」

勢いよく手は解かれた。

女は体を守る様に身構えてる。

「お前なんて襲ったりしないよ。ガキに興味はない。とりあえず食いモン買ってきた。何も食べてないだろ?」

リビングのテーブルには美味しそうな御飯が並んでいる。

「ガキ!?なんて失礼なの…って、これ…全部?」

「あぁ。」

「でも…。」

何人前になるのか、ハンバーガーにお弁当、パンにパスタ、ピザもある…。

「こんなに食べれないわ。」

「何が好きかわからなくて…つい。」

「ありがとう…瑛斗さんって本当は優しい方なのね…。」

なんで、俺の名前…昨夜は知らないって…。

やっぱり俺は馬鹿なんだ。

「食べたら出て行けよ。」

「どうしたの?急に…。」

「いいから!!」

女は少し寂しそうな顔をした。

「あっ昼間電話が鳴ってました。」

「電話!?」

「留守番電話に…メッセージ聞いてしまいました。ごめんなさい。」

「えっ?留守電?」

瑛斗は電話がチカチカと留守番電話にメッセージがある事を告げるランプが点滅してる事に気付いた。

ボタンを押しメッセージを聞いた。

これで、俺の名前を知ったんだ。

「瑛斗さん?」

「ごめん…てっきり嘘付かれたのかと思って…。」

「なんの事かわからないけど、私は嘘は嫌いです。」

「本当にごめん。……聞いてなかったけど、君はなんていう名前なの?」

「私は向日葵…久我 向日葵。」

女は壁一面の絵画を指差し笑った。

くが ひまわり…俺が一番好きな花の名前。

それが、この女の名前?!

やばい…これは運命だ。

それしか考えられない。

「変な名前…。」

瑛斗は高鳴る鼓動を隠すのに、思ってもいない言葉が口をついた。