今日本は7時ぐらいか…じゃ向日葵は起きてるだろう。

瑛斗は向日葵に電話をした。

「はい。瑛斗さん?」

向日葵の声が弾んでいるのがわかる。

「もしもし向日葵?」

「わぁ瑛斗さんだぁ。なんか久しぶりでドキドキしちゃう。どうしたの?」

「あのね、順調に行けば3・4日後ぐらいに帰れると思うんだ。」

「えっ本当?!」

「うん。決まったら、また連絡するから。」

「わかった。待ってる。」

「うん、じゃもう寝るよ。明日早いんだ。」

「はい。頑張ってね。」

「うん、ありがとう。」

「寝なきゃいけないのに、電話くれて、ありがとう。」

向日葵のこういうところが好きだと、思えた。

「ううん。俺も向日葵の声聞きたかったから。」

「そっか。じゃ、おやすみ。」

照れた声に今すぐ抱きしめたくなる。

「うん、おやすみ。」

瑛斗は電話を切ると、ベットに潜り込んだ。

部屋の電気を消し、ベット脇の小さなライトをつけた。

小さなライトに灯された天井に向日葵の笑顔を思い出した。

杉本さんの言葉が過ぎった。

もし本当にプロポーズを断られたとしたら…いや、そんな事はない!

上手くいく…絶対上手く。

瑛斗は決意をすると、ライトを消し眠った。


翌朝結局、寝不足のまま仕事に行くことになると、予想通り杉本に怒られ現場に向かった。

現場に着くと、そこは市場のある通りで人が行き交う道だった。

瑛斗は車を降りるとスタッフと挨拶しながら歩みを進めた。

「あ…きと?」

すれ違う人混みの中から自分を呼ぶ声に瑛斗は立ち止まった。

耳がその声を覚えていたからだ。

「…母さん。」

「瑛斗、どうした?」

杉本さんに声をかけられても、瑛斗は女性から目が離せず立ち止まったままでいた。

「いえ、ごめんなさい。人違いだわ…。」

その女性は、そう言うと立ち去ろうとした。

瑛斗は追いかけようとしたが、自分を呼ぶスタッフの声に挟まれた。

「杉本さん!今の女性…母さんなんだ!お願い…追って!」

「えっ…わかった。絶対捕まえるから、お前はちゃんと仕事しろ!」

杉本があとを追った。

瑛斗は撮影を始めたが気持ちが上の空なのを、考慮し監督は少しの休憩を入れた。

程なくして瑛斗の乗る車に杉本が戻って来た。

ドアを開けると、杉本の影に隠れるように瑛斗の母親が立っていた。

母親は促され車に乗り込んだ。

少しの沈黙を破ったのは、瑛斗だった。

「元気にしてた?」

「ごめんなさい。貴方を捨てた事は謝っても許されない事だってわかってるわ。」

「よくある台詞だね。母さん…俺恨んでないよ。そりゃ一度…いや、何度も恨んでは止めてを繰り返した時期もあったけど、今は本当に恨んでない。むしろ生きててくれて、良かったって思ってる。」

「言い訳になるかもしれないけど、あの頃本当に迎えに行くつもりだったの。けれど、なかなか生計が安定しなくて、そんな中 貴方を引き取りたいって言ってきた夫婦が現れた。」

「養父母は良くしてくれたよ。」

「そう…。あの時その方が貴方の為になるって思ったの。だから、私は貴方を捨てたの。」

母親は静かに泣いた。

「此処には旅行?」

瑛斗は話題を変えた。

「いいえ…10年ぐらい前にこっちで暮らしてる。旦那がこっちの人なのよ。」

「そっか、幸せなんだね?」

母親は縦に首を振った。

「俺の父さんはどんな人だったの?」

「………。」

「いいよ、言って。聞きたいんだ。」

「いい人だったんだけど…お酒を呑むと人が変わったみたいになる人だった。貴方がお腹に出来たのがわかって、このままじゃ殺されると思って家を出て一人で産んだのよ。今は何処で何してるか、わからないわ。」

「そっか……。」

車をノックする音が聞こえ瑛斗が返事すると、外から声がした。

「瑛斗さん、お願いします。」

「うん、わかった。」

瑛斗は返事をすると母親に向き直った。

「母さん、俺幸せだから…。それに今、結婚したい女性がいるんだ。」

「そう、そうなの?」

母親は嬉しそうに微笑んだ。

「うん、一緒に暮らしてる。だから、母さんも俺の事は気にしないで…忘れてくれていいから。」

「いいえ、今まで一度も忘れたことなんてなかったわ。これからも、忘れる事はないから。」

「うん。わかった。じゃそろそろ俺 行くから。元気で。」

「瑛斗…貴方も元気で。」

瑛斗は黙って微笑むと車を降りた。